第22話

翌日、メンバーの受けている講義が全員終わったと思える頃に高史は部室に向かった。


女性を紹介してくれるのならばありがたい話だ。このチャンスを逃すまいと、みんな集まっているだろう。


ドアを開けると、いつものメンバーがしっかり椅子に座っていた。


十分ほど遅れて倫がやってくる。裏庭に真紀の姿はない。


メンバーは昨日の海での疲れなど微塵も感じさせない飢えと熱気で溢れ返っていた。


真紀が紹介してくれると言った女性はまだ来ていないらしい。


「よし、みんな揃ったな」

 

慎一が読んでいた本を閉じ、言った。


「いいか。真紀ちゃんと同じ、今回も紳士として迎えるんだ。どんな子が来ると思う」


「美女。美女!」


慎一の問いに、メンバー全員で叫ぶ。


「可愛い子の次は美女に限る」

 

誠が言った。


「美女は俺たちにとって高嶺の花だぞ」


「そんなこと言って、お前も美人がいいんだろ」

 

高史が言うと、康宏はあっさり「うん」と頷く。


婚活サイトでも、容姿を重視している男性がほとんどだそうだ。実際のところ、容姿端麗な人がいいというのは男の心からの願望である。

 

突如、部室のドアがガタガタと鳴った。来た! 


一斉にドアの前に集まる。しかしドアが開く気配が微塵も感じられない。


K駅で気づけば真紀が立っていたように、天国から来る人が正面から入ってくるとは限らない。


来ないな、と呟くと不意に足元がぐらぐらと揺れだした。ドアが鳴ったのは地震のためだったようだ。全員がっかりしておさまるのを待ち、高史は元いた席に座ろうとして――ふとなにかがいることに気づく。


「女だ!」


座っているのが誰かを確認する前に目が、意識が、既にそこにいる人が女であることを認識していた。


メンバーは高史の叫びに反応し、うわあっと驚いた声をあげる。


「す、すみません。突然声をあげて、失礼を」


紳士。紳士に。即座に謝る。いつの間にいたのか。


高史の席に一人の女性がにこにこと笑いながら座っている。


しかしそこにいるのは望み通りの美人ではなく丸々と肥えた熟女だ。スーパー帰りの主婦と変わらないような様子であり、靴下のラインが足の肉に食い込んで仄かに赤くなっている。


うん。でも紳士的にもてなすのがこの模型部の信条だ。


高史がなにか言おうとすると、先に誠が口を開いた。


「母ちゃん」

 

誠が女性に一歩近づく。メンバーはびっくりして誠に目をやる。女性はまじまじと誠の顔を見つめ、心を通わせているのかお互い目を潤ませている。


「あらまあ、本当に誠だね。大きくなって立派に成長しているね」


「おまえ、ひょっとしてお母さんを亡くしていたのか」

 

確認しようとする慎一の言葉など、誠の耳にはまるで入っていないようだ。


「なんでここに……ずっと会いたかった」

 

誠は椅子に飛びつき、正座をして母親を見上げる。


「真紀ちゃんに言われてね。私も会いたかったよ、誠。顔をよく見せてくれ。触れないのが残念だね」


「ママ。ママァ!」

 

誠の嗚咽が部室に響く。


「よかったなぁ、誠」

 

翔が心底感動しているのか、貰い泣きをしている。よかったな、と全員で喜ぶことにしたが、誠の「ママ」発言に誰もが引いている。

 

部室内に市川親子の世界が構築されているので、メンバーは各々好きなことをやりだした。


十五分ほどして誠の母親だという人がメンバーを見回し、言う。


「この方々は、あんたのお友達かい」


「そうだよ」

 

立ちあがり、誠がいつもお世話になっております、母親の市川凛子ですと挨拶をしだした。


いえいえ、こちらこそどうもと全員が厳粛に言い、再び座ってもらうことにする。

 

誠は我に返ったのか慌てて凛子から離れた。


「真紀ちゃんが紹介するって言っていた女性は母ちゃんのことだったのか」

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