第18話
「彼氏はいたの」
高史が訊ねる。
「いない、いない。誰とも付き合ったことがないよ」
慎一は立ち上がった。
「明日、海へ行くぞ」
「明日?」
メンバー全員が口を揃え訊ねる。また思いつき発言だと高史は思った。真紀もあっけにとられている。
「明日は全員講義をサボれ。就職の面接や説明会がある奴はいるか」
誰も手をあげなかった。
「決まりだな。黒沢さん、君も来るんだ。来られるよね?」
真紀はびっくりしたような様子で、うろたえていた。
「大丈夫だけど梅雨じゃないの? 明日も雨だよ、多分」
「青春といえば海だ。晴れてほしいが、晴れていなくても構わない。なぜなら君は濡れないみたいだからな」
「みんなが濡れるよ」
「それは平気さ。この大学のメンバーで思い出作りをする。俺は君を、このF大学の学生だと認める。歓迎会だ」
慎一の言葉に、真紀の表情が少しだけしとやかに揺らいだ。
「ありがとう……」
真紀は目尻を指で撫でる。なぜ泣いているのかわからずにみんなうろたえていると、これはうれし涙だと言った。
仕草を眺めているだけでも心が夏の大空の如く晴れ渡っていく。
「それで悪いんだがね、君。知り合いの女性がいたらアドレス教えてくれないか」
倫がスマホを取り出す。真紀は警戒心を持ったのか、一瞬で表情と態度を変えた。
「え。なに。まさかそれが目的?」
バカ野郎空気を読め。そういう気持ちを込めて、五人で倫の足を踏んづける。
倫は痛みに耐えかねたのか声を出さずに顔を歪めた。
「この人、なんかすごく偉そう」
明らかな拒絶を倫に向け、真紀は体を引く。
「こいつは紆余曲折があってこんな性格になってしまったんだ。すまない」
高史は倫の代わりに謝った。倫はわけがわからないという顔を本気で向ける。
「なぜ謝る」
「バカだから仕方がないんだ。許してやってくれ」
誠も言った。
「なぜ許しを乞うんだ」
「バカなのに本人は気づいていないから隠せないんだなぁ」
「いや、バカってバカを隠せるのか」
康宏も鋭い口調で言う。
しばらく倫と真紀を除く全員で愛を込めたバカ論議をしていた。愛がなくてバカと言うのは、ただ人を傷つけるナイフとなる。しかし愛を込めて言う「バカ」は、優しい叱咤なのだ。
倫はプルプルと体を震わせ、大人しくなっていく。真紀は再び、声を出して笑った。
「この研究部ってみんな、バカなんだね」
真紀には愛のあるバカが伝わったらしい。愛の叱咤を女から受けて天にも昇る心地だ。
そうして視線を下ろすと、高史は淹れたお茶がまるで減っていないことに気づいた。
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