第3話
いや、待て。と慎一が座り直し、冷静な口調で言った。
「こんなにガツガツしていてはいかん。模型研究部部長として、規則を作ろうと思う」
「また規則かよ。高校じゃ規則だらけだったから、また規則があると泣いちゃうよ」
誠が心底嫌そうな顔をすると、慎一は静かに微笑んだ。
「高校の規則とは違う緩やかなものだ」
それなら、と誠は素直に頷く。
「で、なんだよ。規則って」
康宏がせかす。慎一は立ち上がり、腹から大きな声を出す。
「みんな繰り返せ。ひとつ。紳士であれ」
「ひとつ。紳士であれ!」
「ふたつ。紳士であれ」
「ふたつ。紳士であれ!」
「みっつ。紳士であれ」
「みっつ。紳士であれ!」
「おい模型部、うるせえぞ」
隣のミステリー同好会から怒号が飛んできた。
慎一はすみませんと自信のなさげな声で返し、軽く咳払いをしたあとで小さく言う。
「紳士であることは五人全員で徹底させよう」
「紳士であれって具体的にどういうことをするんだよ」
高史は訊ねる。
「ガツガツして女が寄ってくるか? 内心で猛獣を飼っていても、表層で。いいか、表層で美しくあること。やはり大学生だからな。社会的にも恥じない行動を取らなければならない。本能は理性で徹底的に制する。俺たちは女にモテたい、接触したいだけであって、性犯罪者とは違う。あらゆる意味で女を辱めるような行為をしてはならない。好みであろうとなかろうと、可愛かろうと可愛くなかろうと、内心でどんな下衆なランク付けをしていようと、世の中の女には全て平等に、紳士的に優しく接するべきということだ。極端な話、ブスとか言ってはならない。ネットでの女子の悪口も禁止。これは規則であり鉄則だ」
「女に嫌なことをされてもかぁ」
翔が眉間にしわを寄せた。
「それはもう過去の話だ。これからはいい女の子と出会えると心から固く信じるんだ。おまえも彼女が欲しいだろう」
「欲しい」
「なら、本音と建前を使い分けようじゃないか。よっつ。女を辱めない。ブスとか言わない」
「よっつ。女を辱めない。ブスとか言わない!」
「だからうるせえ」
「いつつ。いい女の子と出会えると固く信じる!」
翔は一人で叫んだ。
ミステリー同好会の叫びを無視して五人で翔の台詞を繰り返す。
「それで俺たちはどうすれば肝心の女の子に近づける。おい、副部長。どうなっている」
康宏が視線を向ける。女子と接触する方法を具体的に考えるのは、主に高史の役目だ。
「俺たちが二年の頃、先輩に誘われS女子大の子たちと合コンしたことがあっただろ。その時の女子に連絡をとろうとしたんだけど……」
メンバーの羨望と嫉妬と期待の混ざった目が一斉に向けられる。
「期待を裏切るようで申し訳ない。まるで相手にしてくれなかった」
全員で落ち込む。
女子と合コンができるようになったら、みんなで行きたい店があった。
中学、高校卒業時、家族が卒業祝いにと予約してくれたレストランの印象がものすごくよかったのだ。
気軽に入れてなおかつお洒落。料理はおいしくサービスは丁寧。そしてリーズナブルだ。大学に入ってからは半年に一回くらい一人で店に入るようになった。
この数年の間に「プレス」という店名から「HARU」という名前に変わってしまったが、サービスや料理の質も変わりはない。
女の子も誘える万全の状態で行き、思い出を作りたい。しかしどうしたら女子と親しくなれるのか。肝心のそれがわからないのだ。
日々なんとなく思っていることを口にしてみる。
「身近に女性はたくさんいる。満員電車の中で『それでもボクはやってない』と必死に内心で主張し両手で吊り革を握りながら、毎日女性と密着しているじゃないか。その女性と恋愛しているという脳内妄想を働かせれば立派な青春となるかも」
「痴漢冤罪にヒヤヒヤして、電車の中では女を女として見ることができん。俺なんて身長が女の平均と変わらないから、女と尻り合いになるんだぞ。ケツをあわせると書いて尻り合いだ。羨ましいと思うか? 睨んでくる女もいて気が気じゃないぞ」
高史は羨ましいと思った。男に尻を揉まれるより断然いい。
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