残念な一ノ瀬くんは恋を歌う 後編







 私の通う、私立向陽台高等学校は生徒の可能性と自主性を重んじる校風だ。


 普通科でありながら色々なコースに分かれていて、音楽コースやスポーツ系、美術など、多種多様なコースを選ぶ事ができる。


 変わっているのは、コースごとにクラスが分かれているのではなく、色んなコースの子達が同じクラスにごちゃ混ぜで居ること。


 ちなみに私は文系コース。


 部活動も文芸部に所属している。部員は多いが、殆どが幽霊部員で実際に活動しているのは十人に満たない。

 主な活動日は週に二度しかないけれど、私は部活に足しげく通う一人だ。


 チャイムが鳴って、図書室の隣にある部室に向かおうとしたら、席を立ったタイミングが偶然同じになった前の一ノ瀬くんの椅子が私の机に当たって。振動で、出しかけていたペンケースが床に落ちる。それをきっかけに、雪崩を起こしてノートも一緒にバサバサと落ちた。


「うわ、悪い!」


 一ノ瀬くんが落ちたノートを慌てて拾い上げる。

 私は「気にしないでー」と笑いながら自分も床に落ちたノートを拾った。


 最初に落ちたペンケースを拾って顔を上げると、一ノ瀬くんが拾った開いたノートをじっと見ている。


 それは、文芸部用の私のネタ帳――


「だっ……ダメダメ!! 見ちゃだめーーッ!」


 私は真っ赤になってそれを奪い取った。


 別に、イケナイ事が書いてあるわけじゃない。

 けれど、推敲を重ねて作品になっているものならともかく、構想途中の創作物を見られることほど恥ずかしいものはない。


 文字書きのネタ帳なんて、むき出しの感情そのままと言っても過言じゃないから。


 私は羞恥心で目尻に涙をためながら、「……見た?」と尋ねた。


 一ノ瀬くんは私の質問には答えず、


「それ、綾瀬さんが書いたの?」


 桜のやつ……と答えて、一ノ瀬くんにしっかりと中を見られたことを肯定された。


「〜〜〜っ! そうだけどぉ〜」


 半ばヤケクソになりながら、半泣きで返す。

 もう、今すぐ逃げ出したいくらいに恥ずかしい。


「――それ、めっちゃ綺麗だね」


 ノートに書き殴った、ちょっと少女趣味の詩を、あの一ノ瀬くんが『綺麗』と言ったことにぽかんとする。


「春の景色の中に、切なさとか想いが混じって……凄く綺麗――」


 一息に一ノ瀬くんが感想を言いかけて、惚けた顔で彼を見る私と目が合った顔が、かあっと朱に染まる。


「ご、ごめん。勝手に見て!」


 そう言って一ノ瀬くんはバタバタと教室を出ていった。



 そこにいたのは、確かに『可愛い一ノ瀬くん』だった。






(ああ、いつもあんな事をノートに書いてる痛いやつだと思われてたらどうしよう)


 一ノ瀬くんは『綺麗』と褒めてくれたけど、あれは気まずい時間を誤魔化すための社交辞令だったかもしれない。


 次の日からも、一ノ瀬くんは特に今までと変わることもなく普通だったけれど。たまに私を見る視線の中に、なにか言いたげな雰囲気をまとっている気がして。


(い、いたたまれないぃぃ)


 私は一ノ瀬くんが早く忘れてくれますようにと祈った。




「失礼しました」


 放課後、明日の朝イチにある授業の資料を取りに音楽棟へ向かう。

 研究室のドアを締めて、私は小さくため息をついた。


「うちの学校、施設が充実してるのはいいんだけど、広すぎなのよね」


 朝イチの授業に必要な物を朝に取りに行くと、とてもじゃないが間に合わないのだ。

 なので日直が放課後に、次の日にいるものを担当教諭の所まで取りに行くことになっている。音楽教諭の研究室は、学校の中でも端っこのほうだからより遠い。それでも、文系コースの私が普段足を踏み入れない音楽棟は、いろいろな楽器や、個人で自由に練習できる小さなピアノ室がいくつもあって新鮮だった。


 迷宮ラビリンスに迷い込んだような、ちょっとしたワクワク感。


 ドアの小窓から見えるアップライトのピアノしか置かれていない小さな部屋に、非日常感を感じてしまう。西日の差し込む小窓からの光で、小さな埃が舞い上がる事さえ美しく思える。

 ちらちらと部屋を眺めながらピアノ室の前を通り抜けようとして、思わず足が止まった。


 そこには、見覚えのある顔が、白と黒の鍵盤を叩いている。


「え……一ノ瀬くん?」


 うちの高校はコースが細かいから。彼が何コースだなんて考えたこともなかったけれど。もしかして彼は音楽コースだったのか。


 足を止めたピアノ室の前。他の部屋で練習している子はいないのか、静かな通路で防音室の中から微かに聞こえてくるピアノの旋律はとても綺麗で。



 あの、一ノ瀬くんがピアノを弾いている。



 それだけでも驚きなのに、彼の奏でる音が凄く繊細で切なくて。


 しかも――


(歌ってる……?)


 耳をすませば、微かに聞こえる切ないハイトーン。


 一ノ瀬くんは男の子なのに、その歌声は高く澄んでいて。胸がきゅうっと締め付けられた。

 もっと、その歌声を聴きたくて、目を閉じて耳を済ませる。



 ひらりはらりと散る桜

 君の心につもればいい

 君を想うたびに咲く花が

 君に知られず散ってゆく



(なんてきれいな歌声――……んん??)


 感動して、けれどなんだか妙な既視感を覚えた。

 私は、この歌を知っている。


 いや、なんだかどこかで聞いたことのあるような歌詞――


(これ、私の詩だ……!!)


 あの、一ノ瀬くんに見られてしまった、ネタ帳に書かれていた詩。

 あの一瞬でよく覚えたな!? とか、自分の詩だと気づかないくらいメロディとの相性がいいだとか、いろんなことが頭をよぎったけれど、まずは羞恥心が一番に勝って思わず両頬を抑えた。


 ――と、同時に、持っていた資料がバサバサと床に落ちる。


「ああ~~っ!!」


 思わず大きな声が出て、散らばった資料を慌てて拾い集めようと屈んだ。資料に挟まっていたプリントが、運悪く散らばって床に広がる。


「もう、最悪……」

「――なにやってんの」


 背後から聞こえた声に、私はびくっと肩を震わせた。 音に気づいたらしい一ノ瀬くんが、ゆっくりとドアを開けて顔を出す。

 彼の猫みたいな大きな目が、資料を散らかして床に蹲っている私を捉えて、さらに大きく見開かれた。


「あ、綾瀬さん……!?」


 さっきまでの澄んだ歌声とは似ても似つかない、戸惑いに満ちた声。 私は散らばったプリントを掻き集めながら、震える声で答える。


「わた、私……日直で! 資料を取りに来て……その、えっと……」


 ごめんね、ごめんねと何故か謝罪を繰り返す私を横目に、一ノ瀬くんは無言で一緒に散らばったプリントを拾ってくれた。彼はプリントの束をぽんぽんと手で払いながら、「……聞いた?」と、ぐいっと束を差し出した。


 私は「有難う……えーと、うん……」と答えると、とても彼の顔を見れなくて俯く。

 一ノ瀬くんは、はぁっとため息をついて「あー、マジか……」と片手で口元を覆った。ちらりと見たその顔は、耳まで真っ赤で。


「一ノ瀬くん、音楽コースだったんだね。私、全然知らなかった。……凄く、素敵な声してるね」


 一ノ瀬くんは、ますます顔を赤くして。けれど、他の女子にするように毒舌で吠えることはなく、はにかんだように眉を下げた。


「綾瀬さんの詩が、凄く、綺麗だったから。……思わずメロディーが浮かんで……つい」


 勝手に、ごめんな、と一ノ瀬くんは申し訳なさそうに笑った。


「うううん。……びっくりしちゃった。あんまり素敵な歌だったから。私の詩じゃないみたいで」


 そう言った私に、一ノ瀬くんは被せるように一気にまくし立てた。


「そんな事ない! 俺も歌詞を書くからわかるけど、あの詩は凄く繊細で綺麗で! ……まるで、俺の気持ちを言ってるみた――」


 そこまで言って、ハッと我に返り口をパクパクさせる。


「い、いや……だからその……ちがくて……」


 もう、一ノ瀬くんの顔は、赤を通り越して茹でダコみたいだ。


 一ノ瀬くんの猫みたいな大きな目が、少し潤んで私を見つめている。

 一体何で一ノ瀬くんはそんなに動揺しているんだろう。


 けれど私は背の高くない一ノ瀬くんのその顔が、間近に見られることが何故か嬉しかった。


「うん。一ノ瀬くんのおかげで、私の詩が、すごく素敵な歌になったよ。私は好き」


 有難う、と言った私に、一ノ瀬くんは「……勘弁してくれ」と何故か顔を覆ってしまった。


「?」


 何を勘弁してほしいのか、私にはよく解らなかった。

 彼は嫌がるだろうから口にはしないけど、やっぱり一ノ瀬くんは今日も可愛いな、と私は自分の胸を叩く音を聞きながら思ったのだった。




 ひらりはらりと散る桜

 君の心につもればいい

 君を想うたびに咲く花が

 君に知られず散ってゆく


 儚い花と言うけれど 君の為に咲く花が

 君の中で降り積もり

 そのうち花びら舞えばいい

 君の中で舞えばいい





❖おしまい❖


 2025.11.17了

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