残念な一ノ瀬くんは恋を歌う

🐉東雲 晴加🏔️

残念な一ノ瀬くんは恋を歌う 前編






 

 二年A組の一ノ瀬くんは可愛い。


 同じ学年に、凄く可愛い男の子がいるんだって事は一年の時から噂になっていた。


 私とクラスは違ったけれど、中学から一緒の悠理ちゃんと、二つ隣のクラスまで見に行ったことがある。


「えー! ヤバい、マジ顔ちっちゃい! アイドルみたい〜! ね! ひまちゃん!」


 興奮気味に話す悠理ちゃんの視線の先にいた一ノ瀬くんは、悠理ちゃんが興奮するのも頷けるくらいに確かに顔が整っていた。


 色素の薄い、焦げ茶色の髪の毛、色白で小さい顔に猫のような目尻がちょっと上がった大きな目。

 ちょこんとついた小さな唇は、リップのモデルの様に形が良くて薄紅色に色づいてる。


 その辺の女子が、裸足で逃げていきそうな美少年だ。



 ――ただ、一ノ瀬くんに『可愛い』は禁句。



「――は? お前らキャーキャー五月蝿えよ。寄るな」

「誰だよアンタ。見たこともないんだけど」


 可愛い見た目とは真逆の、見事なまでの毒舌っぷり。

 可愛い〜! と近づいて玉砕した女子は数しれず。


 けれど――


「でもさー、惜しいよね、一ノ瀬くん。あの顔で、もう少し背が高かったらな〜」


 そうなのだ。


 超の付く美少年、一ノ瀬 こうくんは、顔だけでなく名前までキラキラと光っているが、その身長は、なんと一五五センチ。


 学年で一番背の低い私と、五センチしか変わらないのだ。

 そのせいか、男女問わず、容姿に触れた人には塩対応でカウンターパンチを喰らい、一年の終わりになる頃には一ノ瀬くんにアタックする女子は皆無になってしまった。


 なので、今では密かに『残念な(可愛い)一ノ瀬くん』と呼ばれている。






「綾瀬さん」


 ――そんな彼だから、突然休み時間に自分の名前を呼ばれてびっくりしてしまった。

 まさか一ノ瀬くんが、私の名前を認識してるなんて。


「ひゃい!」


 思わず噛んでしまった返事に、一ノ瀬くんが目を丸めている。


 あ、笑った。


「……なに、ひゃいって。こないだの班活動のプリント、あと綾瀬さんだけなんだけど今日だせる?」


 女の子の前ではいつもぶっきらぼうな一ノ瀬くんが、可笑しそうに笑う。大きな目が細められて、やっぱり彼は猫みたいだ。


「ご、ごめんね。ちょっと考え事してたから……プリントね、出せるよ!」


 ちょっとまっててね……と机からプリントを取り出して手渡すと、有り難うと受け取って「なんでそんなに驚いたの」と、意外にも会話が続いた。


「え? いや……その、まさか私の名前を覚えてるとは思わなかったから」


 驚きついでに、つい思っていた事を口にする。

 彼はパチパチと目をしばたたかせた。


「……知ってるに決まってるだろ。綾瀬さんが『あ』で、俺が一ノ瀬の『い』なんだから」


 席だって前後だし。


 そう言って微かに上がった唇が意外で。でも私はそりゃそうか、と笑みを返した。



「こーちゃん♡」


 一ノ瀬くんの後ろから、大きな手が急ににゅっと伸びてきて、わしゃわしゃと一ノ瀬くんの頭を誰かが混ぜ返した。


「……その呼び方ヤメロっつってんだろ! りょう!」


 一ノ瀬くんが噛みついたのは、隣のクラスの夏純かすみ りょうくん。

 夏純くんは、一ノ瀬くんの頭に肘を置きながらにこりと私を見た。


「やっほー! 綾瀬ちゃん、元気ー?」


 ひらひらと手を振る様子はだいぶチャラい。見かけるといつも一ノ瀬くんと言い合っているから、犬猿の仲に見えそうだけれど二人はだいたいセットだ。夏純くんは身長が高いから、肘置きにされている一ノ瀬くんが潰れそうになっている。


「か、夏純くん、一ノ瀬くんがつぶれちゃうよ」


 心配になってそう言ったら、夏純くんが意地悪く、にんまりと笑った。


「綾瀬ちゃんはやーさしいねえ。いいなー! こーちゃん、優しくしてもらえて」


 俺にも優しくして? と小首を傾げながら言われたけれど、どう反応すればよいものやら。


「俺なんか身長は高いしイケメンだし? 口の悪い煌よりよっぽど優良物件よ?」


 確かに、夏純くんの顔は整っている。一ノ瀬くんは夏純くんに押しつぶされそうになりながら「ふざけんな! よけいな事言うな諒!」と、もがいている。夏純くんの相変わらずの軽さに、私は苦笑いだ。


「私も身長低いし……圧迫感がないから私は気にならないかな? それに、一ノ瀬くん全然優しいよ?」


 普通に喋っている分には一ノ瀬くんから暴言を吐かれたことはないし、なんならちゃんと確認してプリントを回収してくれたりと優しい。

 みんなが言っているほど、一ノ瀬くんが『残念』だとは、私は思わなかった。


 彼の残念な部分が、もし身長だけのことだったなら、そう評している人の方がよっぽど残念だ。


 夏純くんは驚いたように、「へー」と私を見た。


 そうこうしている間に、一ノ瀬くんが夏純くんの腕からベリッと逃れる。


「重いんだよっ! バカ諒! 綾瀬さん、コイツの事は無視すればいいから!」


 そう言って一ノ瀬くんは夏純くんの足を踏んづけた。



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