第七話 昼も夜も、近くて遠い

翌日。

澄玲は教室に入ると、いつもと同じように後ろの席の猫宮優を意識していた。

でも今日は、昨日までのような不安だけではなく、わずかな期待も混ざっていた。


(……昨日の夜、優くんが少しだけ私を意識してくれた気がする。

昼も……少し変わるかも……?)


授業中、澄玲はノートに集中しようとするが、どうしても視線は後ろに向いてしまう。

優もちらりと振り向いた。

その目が、一瞬だけ柔らかく見えたような気がした。


(……やっぱり、昨日の夜のことを思い出してるのかも……)


放課後。

澄玲は部活の帰り道、少し遠回りして神社の前を通った。

いつものベンチには、月明かりに照らされる優の姿があった。


「……こんばんは。」

澄玲が声をかけると、優はゆっくりと顔を上げた。


「……夜分にすみません。」

でも今夜の声は、少し落ち着きと自信が混ざっている。

昼の冷たさとは違う、優しさだけが残った声。


「昨日も来たんだね。」

澄玲は微笑みながら言う。


「……うん。君に会いたくて。」

優の瞳が、月明かりにきらりと光る。


「昼も……少しだけ変えようと思ってる。」

突然の言葉に澄玲は驚いた。


「変えるって……?」


優は小さく息を吐き、窓の桟にもたれたまま言った。


「昼の俺は、普段は強くて冷たいけど、

君のことを考えると……我慢するのが辛くなる。

だから……少しずつでいい。昼も君のこと、意識してみる。」


澄玲は胸が熱くなり、笑顔がこぼれた。


「嬉しい……!

昼も夜も、同じ優くんでいてくれるんだね。」


優は少し照れたように目を伏せた。


「……完全に昼も甘えるわけじゃない。

でも……夜の俺と君の時間があるから、昼の俺も少し勇気が出せる。」


澄玲はそっと手を伸ばして、優の手に触れた。

温かく、柔らかい手。

夜だけでなく、昼も優が自分を意識してくれていると思うと、胸がいっぱいになった。


「じゃあ……夜だけじゃなくて、昼も少しずつ……ね。」

澄玲の声に、優は小さく頷いた。


「……うん。約束する。」


夜風が二人の間を通り抜け、

昼と夜の境界線が少しずつ溶けていく。


――昼も夜も、同じ優がいる。

そして、私のそばにいる。


澄玲はそっと笑い、心の奥でつぶやいた。


「これから、二人で少しずつ歩いていこうね。」


優も小さく笑みを返す。

昼も夜も、距離が縮まった今、二人の恋はようやく本格的に動き始めたのだった。

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