第六話 昼の揺れ、夜の距離

昼の教室。

窓から差し込む午後の日差しが、机の上を金色に染める。


澄玲は今日も、授業中ずっと後ろの席の猫宮優のことを意識していた。

昨日の夜、優が自分に少しだけ心を開いてくれたことが、頭から離れない。


(……昼の優くんも、少しは気にしてくれてるのかな……?)


澄玲がぼんやりしていると、後ろから鉛筆の擦れる音が聞こえた。

振り返ると、優がノートを何か書き込んでいる。


その文字をちらりと見ると――


「星野澄玲」


胸が跳ねた。

昨日の夜にしか見せなかった自分の名前が、昼のノートに書かれている。

無表情の優が、静かに自分のことを意識している証拠だった。


(……やっぱり、気にしてくれてる……?)


放課後。

澄玲はいつものように帰宅途中の坂道を歩く。

でも今日は、昨日よりも少し胸が高鳴っている。


「……また、来るかな?」


夜の予感と期待に胸がざわつく。

坂を登り切った神社の前、月明かりに照らされたベンチに、誰かが立っていた。


「……夜分にすみません。」


優が立っている。

昨日より少しだけ表情が柔らかく、微かに笑っている。


「……来てくれたんだね。」


「……うん。君の顔が見たくて。」

優の声が少しだけ震えた。


澄玲は心臓がきゅっとなる。

夜の優は、昼の強い姿とはまったく違う。

でも、今夜は何かが違う。

昼の優の“揺れ”を、少しだけ感じる気がした。


「……昨日はありがとう。

俺、昼は無理してたけど、夜は君に甘えたくなる。」


澄玲は笑顔で答えた。


「私は……夜の優くんが来てくれるだけで嬉しいよ。」


優は一歩だけ近づき、そっと手を澄玲の手の甲に触れた。

その瞬間、二人の距離が、ほんの少しだけ縮まった。


「昼も……もう少しだけ、我慢しなくていいかな。」

優の言葉は小さくて、でも確かに強く胸に響いた。


澄玲は息を呑み、頷く。


「うん。夜も昼も……同じ優くんでいてほしい。」


夜風が二人の間を通り抜ける。

月の光に照らされて、二人だけの時間がゆっくりと流れていった。


昼は強く冷たい優も、夜には素直で甘い。

その二面性に戸惑いながらも、澄玲は確かに気づいていた。


――昼も夜も、優は私のことを見てくれている。


そして、二人の距離は少しずつ、確実に近づいていくのだった。

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