第四話 昼の拒絶、夜の溜息
翌朝。
昨日あんなに近かった優の気配が、
教室に入った途端、嘘みたいに消えた。
いつも通り、後ろの席に座った優は、
教科書を開いて無表情で前を見ている。
(……昨日のこと、覚えてるよね?
夜の優くんは……覚えてるよね?)
澄玲は勇気を出して、授業が始まる前にそっと振り向いた。
「おはよう、優くん」
ほんの小さな声。
でも心臓が跳ねるほど勇気を使った。
優は、ゆっくり顔を上げた。
目が合った――けれど。
「……おはようございます。」
その声は、機械みたいに冷たかった。
表情も変えない。
夜のあの揺れるような目はどこにもない。
「昨日……」
言いかけた瞬間。
優の目が冷たく細くなった。
「話しかけないほうがいいと思います。」
「……え?」
「俺、あまり誰かと深く関わらないようにしてるので。」
それは“壁”だった。
はっきり、わかるくらい。
(……そんな言い方、しなくても……)
胸がずきっと痛んだ。
その後の授業中も、ずっと後ろからの気配を意識してしまって、
ノートの文字はほとんど頭に入らなかった。
放課後。
廊下の角で友達と話していた優の声が耳に入る。
「猫宮くん、昨日の夜どこいたの? LINE返ってこなかったじゃん」
別のクラスの男子が聞いた。
優は淡々とした声で答える。
「家にいましたけど。」
(…………嘘だ……)
昨日の夜、うちに来たのに。
昼の優は、まるで夜の自分を切り捨てるように振る舞う。
その態度が、澄玲には痛くて、悲しくて、どうしようもなかった。
その夜。
澄玲はベッドにうつ伏せたまま、
カーテンの向こうを睨むように見ていた。
(……来ないでしょ、さすがに。
あんな冷たくされたのに、期待なんて……)
そう思っていたけれど――
コン……
静かな音が窓を叩く。
「……っ!」
心臓が跳ねた。
立ち上がって窓を開ける手が震える。
そこにいたのは、
迷ったような目をした“夜の優”だった。
「……こんばんは。夜分にすみません。」
昼とは違う。
声の温度も、表情も。
でも今日はどこか息が詰まったように、苦しそうだった。
澄玲は思わず言ってしまった。
「……今日、すごく冷たかったよ。
覚えてないふり、しなくてもいいのに……」
優は少しだけ顔をしかめた。
「……ごめん。」
それだけ言うと、窓の桟にもたれかかり、
ゆっくり目を閉じた。
「昼の俺……たぶん、君のこと避けると思う。
自分でもうまく制御できなくて……」
「制御できないって……どういうこと?」
しばらくの沈黙。
夜風が二人の間をすり抜けていく。
優はゆっくり息を吐くと、小さく呟いた。
「昼の俺は、強い。何も感じないようにしてる。
夜の俺は……全部感じすぎて、耐えられなくなる。」
「耐えられない……?」
「君のこと、気になるから。」
澄玲は息をのんだ。
「昼の俺は、それを認めない。
認めたら……壊れるから。」
言葉は静かなのに、
声の奥が震えていた。
「だから……昼と夜、全然違う。
嘘ついてるみたいで、ごめん。」
澄玲は、何も言えなかった。
胸が痛いのに、苦しいのに、
優のその“本音”だけがなぜか嬉しくて。
夜の優は、弱々しく笑った。
「……今日は、少しだけでいいから……ここにいさせて。」
拒めるはずなかった。
澄玲はそっと首を振りながら言った。
「……いればいいよ。
私は、夜の優くんのこと……嫌じゃないから。」
優の肩が、ほっと緩んだ。
その瞬間、
昼と夜の間にある“割れ目”みたいなものが、
ほんの少しだけ見えた気がした。
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