D+6d PM(第8話)

 オレンジ色のルノーはホテルに着いた。車の扉を開けても、寒さに襲われることはなく、秋の空気が心地よかった。ホテルは川沿いの高台にあった。起伏のある庭園には、手入れの行き届いた植栽が転々と配置されていて、所々にある紅く色づいた紅葉もみじが美しかった。フロントロビーからはその川の風景が見えた。河原は枯れ草に覆われ、向こう岸の町屋が見えた。

 もし、葉月に会えるとしたらここしかないはずだと、裕也と拓磨は思っていた。チェックインにはまだ早かったので、フロントに荷物だけを預かってもらうことにした。

「お手紙をお預かりしています。」フロントクラークがそう言って。宛先が見えるように封筒を差し出した。高瀬裕也様、相沢拓磨様、綾様となっていた。裕也は封筒を裏返して、差出人の名前を指さして、

「この人は泊まっていませんか。」と言った。

「いいえ。お泊まりではありません。」フロントクラークが言った。

「この先の予約もありませんか。」裕也が言った。フロントクラークは、カウンターに隠れて見えない機器を触ってから、

「いえ、先のご予約も頂いておりません。」と言った。

二人が抱いていた期待は霞んで消えた。

「この手紙は、チェックインの時まで預かっていてください。」裕也が言った。裕也と拓磨はこれが葉月からの最後の手紙であることを確信していた。そして、それを読んだ二人が、何を知ることになるのかも、既に覚悟していた。ただ、それまでに、少し時間を置きたかった。

 三人はホテルの庭に出た。そして、ゆっくりと散策を始めた。拓磨は綾の手を引いていた。紅葉の植え込みを縫うように歩いた。落ち始めているその葉を踏みしめた。三人は、ゆったりと流れる川と向こう岸がよく見えるベンチを見つけて、綾を真ん中にして座った。彼らは暫く黙って、川や、遠くの街の音を聞き、その流れに遊ぶ水鳥、川沿いの町屋の通りを歩く人々を眺めていた。秋の陽が柔らかく三人を暖めた。

 拓磨が口を開いた。

「裕也。何で俺を赦してくれたんだ?」

「...うん、正直に言うと、お前が電話で謝ったとき、怒りが爆発しそうになったよ。」

「そうだろうな、それが当たり前だよ。」二人は視線を景色に送ったまま話していた。

「怒りに任せて、お前とも別れてしまうところだったよ。でもな、俺はギリギリ、その手前で留まれた。それはな、お前が親友だからだよ。俺にとって葉月も大切だったけど、お前もとても大切なんだよ。」

「...ありがとう。」拓磨は、改めて裕也の赦しに、そして、友と言ってくれたことに、心から感謝し、胸が詰まった。

「...実は、そのことで、言わなきゃいけないことがあるんだ。友達には正直に話さなきゃなぁ。」裕也が、拓磨を見て言った。

「なんだ?」

「葉月のことで本当に罪深いのは俺だと思うんだよ。」裕也は手を組んで俯いて切り出した。

「どういうことか話してくれ。」

「...ああ。」裕也は、また、拓磨を見た。

「お前は、俺と葉月の付き合いを知ってるよな。幼馴染だってことを。この傷。この傷が出来たときから、俺は、葉月の騎士になったんだよ。」

「ああ、それは分かってたよ。」

「騎士は王女を守る者だろ。俺は、葉月に対してそうしてた。そう、ずっと、そうしてたつもりだったんだけど、いつの間にか俺が守っていたのは、葉月が選んだやり方や生き方だったんだ。それが結局、今に繋がってるんだ。そして、それが綾さんをこんな目に遭わせる道だったんだよ。だから、俺はお前を赦すだけの立場じゃないんだ。お前にも、綾さんにも、葉月にも、赦しを請わないといけない人間なんだよ。」裕也は、そう言って、また、俯いた。それを聞き、俯いた裕也を見て、拓磨は言った。

「裕也。俺は思うんだけど、人は時々自分には何の責任もないような不幸にあったりするもんだよ。その時、その周りの人が、自分があの時こうしていれば、こうしていなければって思うことがあるだろ。でもな、突き詰めれば、その不幸に辿り着いた道は、全部自分で選んだ道なんだよ。自分の所為せいか、他人の所為か、そんな責任の話じゃなくて、誰が選んだ道なのかと言えば、それはいつもに自分なんだよ。だから、お前は、そんな風に考えるべきじゃないんだよ。」それを聞いて裕也は、また、顔を上げて川の方向を見つめた。

「お前、いつからそんなことが言えるようになったんだ。」裕也は拓磨を見て、静かに微笑みながら言った。

「一つ、思うことがあるんだよ。」裕也は、景色に目を戻していった。

「なんだ?」

「もし、葉月がこの三人の旅を用意していなかったらどうなっていたかって。俺がお前と話すのはもっと後になっただろうし、俺はそれまでに、身勝手な怒りを大きく育てたかも知れない。そうなっていたら、俺たちはこんな話が出来る仲じゃなくなっている。そう思うと、葉月がどこまで考えていたのかって...」

拓磨にとってもそれは謎だった。二人は暫く黙った。

「裕也。お前は俺を赦してくれたけど、葉月さんはどうなんだろう?俺は葉月さんの気持ちを利用して、自分がやりたいことをやった。葉月さんが求めるものは与えず、欲しいものだけ取った。それが葉月さんを狂わせたんだろ。そして、その先にあったのが今の綾の姿だ。俺は、自分が罪深いと思うよ。だから、俺は、消えてしまいたいし、消えてしまうべきだと思ってしまうんだよ。」今度は、拓磨が俯いた。そして、裕也がその拓磨を見て言った。

「さっき、自分が言ったことを忘れたのか。全ては自分の選択だって。俺が知ってる葉月なら、葉月は、ただ、お前に利用されてたんじゃないよ。葉月は敢えてそれを選んだんだよ。いや、ひょっとしたら、踊らされてたのはお前かも知れない。」そうかも知れない。しかし、拓磨には自分の心の納めようが分からなかった。

「お前は、綾さんのことを考えろ。綾さんはお前を選んだ。それは綾さん自身の選択だ。でも、後悔させるな。お前はそれを考えてればいいんだよ。」裕也が拓磨の心の置き場所を見つけてくれた。拓磨はそう感じた。

「裕也。俺は、綾はこんな風になっても今の俺たちを見てくれていて、そして、それを心に想い浮かべてくれていると思っている。綾には、俺たちも、この景色も、この世界全部が見えてるし、それに心を動かしている。そのはずなんだ。俺は、その心が綾の笑顔を作るまで、綾の側を離れないつもりだよ。」

拓磨と裕也は綾の横顔を見つめた。金色の光を湛えた綾の瞳は、目の前にある川を、水鳥を、枯れ草を、町屋を、歩く人たちを映している。その視線は動かないが、綾の心はそれによって動いている、拓磨と裕也はそれを信じることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る