第10話 最初のレビュー

私は一週間かけて「ノルウェイの森」を読み、必死にレビューを書いた。


そして、橘さんの家に来た。


インターフォンを鳴らした。


そしたら、玄関のドアがゆっくり開いた。


「よく来た」


いつもの橘さんとは違う…!


これは作家の翠川雅人だ!


「先生!レビューを持ってきました!」


「先生?その呼び方やめて」


いつもより冷たい。


そのまま書斎に案内された。


私は印刷したレビューを渡した。


「『ノルウェイの森』を読みました」


橘さんは私の手からレビューを受け取ると、その場でざっと目を通し始めた。


私は緊張して立ったまま待っていた。


数分後…


「これ、感想文だね」


「え?」


「レビューじゃない。ただの感想文」


橘さんの表情が厳しい。


「主人公に共感しました、キャラが可哀想でした、魅力的でした…これ、中学生の読書感想文と同じレベル」


う…


「で、この作品の何を学んだの?」


「え…と、恋愛の複雑さとか…」


「それだけ?」


橘さんはため息をついた。


「神谷さん、小説家になりたいんでしょ?だったらもっと技術的に読まなきゃダメ」


「技術的…ですか?」


わからない…


「作者がなぜこれほど多くの読者に愛されるのか、その理由を考えた?」


「いえ…そこまで考えてませんでした」


「読者として楽しむのと、書き手として学ぶのは全然違う。君はまだ読者のままだ」


橘さんはレビューを私に返した。


「書き直し。今度は作家志望として読んで」


「はい…」


想像以上のダメだしにショックだった。


先生はちょっとバツが悪そうにしていた。


「最初からそんなに上手くいくわけないだろ。俺だって昔は同じだった」


少し優しい声になった。


「でも、本気で小説家になりたいなら、読み方を変えないといけない。わかる?」


「はい…頑張ります」


厳しいけど、この人に認められたい。


私は気持ちを新たに、また書き直そうと決意した。


「ご指導ありがとうございます!では、また読み返してきます!」


私は自分の部屋に戻ろうとした。


──けどやっぱり


「すみません…休みの日じゃないとまともに読めないし、書けないんです…」


橘さんに壁際に追い詰められている。


「このまま帰すと思った?」


「えーと、橘さんも執筆でお忙しいと思うので、これ以上邪魔をしたくないです」


「迷惑かけてるって思ってる?」


「はい…」


「だったらこのマンションに住まわせる訳ないだろ」


強く抱きしめられた。


「今度は俺に教えて。どうすれば美鈴が俺の事をちゃんと好きになるか」


「そ…それは私もよくわかりません」


「俺の小説で、どんな言葉が、どんなシチュエーションが、好きなの?」


「えーと…主人公が夢を叶える為に東京に行くシーンで、『俺を思い出さなくていい。でも忘れないで』って女の子に言うところが好きです」


「何言ってるんだよ…。俺を置いてどこかに行く事なんて許さないし、忘れるなんてもっての外だよ。」


「自分が聞いたんじゃないですか!」


橘さんの小説の世界と、現実の世界は全く別物なんだと改めて理解した。


「俺達が出会ったのは運命なんだから、もう後は美鈴が自覚するだけだよ」


運命とか…ロマンチストなんだな橘さん。


「………ちゃんと指導したから、お礼が欲しい」


「お礼…?」


嫌な予感がした。


「ご褒美あげるから」


「ご褒美??」


私はそのまま橘さんに押し倒された。


橘さんの欲望が迫ってくる。


「これはご褒美じゃありません!」


「じゃあ毎回欲しくなるようにする」


ダメだ!耐えるんだ私!


──でも無理だった。


合わさった時に何もかも満たされてしまう…


毎回こんな状況になってしまうけど、


私は小説を書けるようになりたい。


憧れの翠川雅人の側で。



──次の出勤日の朝、インターフォンが鳴った。


モニターにはスーツの橘さん。


寝ぼけ眼で玄関のドアを開けた。


橘さんは休日の姿とは打って変わってスーツをビシッと着こなし、髪をセットしている。


別人みたいだ。


「おはようございます。橘さん朝早いですね」


「ギリギリに出社するタイプだろ?」


バレている。


「じゃあ行ってくる。美鈴も早く準備しろ」


「いってらっしゃいませ〜」


なんであんなに偉そうなんだろう。


私部下じゃないのに。


小説だと生徒みたいな立場だけど。


私はその後すぐに準備して出社した。


会社に着いたら上司に呼ばれた。


「神谷さん、来週の企業案件で君を指名したいと要望が来てる」


「え、誰からの指名ですか?」


長島商事の橘さんだよ。


聞いてない…!!


「神谷さんの仕事ぶりを見て、是非出張に同行して欲しいとの事だよ。」


どうなるのか一体…。

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