愉快な祝祭 フィエスタ

​メインイベントのゴングが鳴り響いた。

​巨大な影、エル・アトラス・デ・オロは、プロメテウスとの戦いで初めて宿った複雑な影を顔に落とし、ゆっくりと、しかし確実に、中央へ歩み寄った。身長230cm、体重250kg。彼の体躯は、勝利へ至るロジックそのものだった。

​対するラ・フィエスタ・ビバは動かなかった。光と色彩のマスクを揺らし、ただ中央に立つ。アトラスが間合いに入る、その一瞬。

​フィエスタは両手を広げ、観客に向けて大きく叫んだ。「¡VIVA!」

​その瞬間、五万人の大観衆が一体となって叫んだ。「ビバ・ラ・フィエスタ!!!」


​「ラ・セニョール・デ・アレグリア」

彼の観客を巻き込んだ祭りの合図である


​アトラスの設計されたロジックは、この制御不能な感情の波に直面し、ワンテンポ遅延した。彼の頭脳が「なぜ、これほど無意味な行為に、これほどのエネルギーが生まれる?」と分析する間に、フィエスタ・ビバは既にリングを駆けていた。

​アトラスが放った最初の一撃、「ギカンテ・デ・マルティージョ」(ダブルスレッジハンマー)は、フィエスタの体をかすめることすらできなかった。フィエスタは、エル・カルナバル(カーニバル)のステップでリング内を駆け巡り、アトラスのロジックにランダムなノイズを送り込む。

​「アトラス、パターン・ガンマを適用! 速度を無視し、質量でエリアを支配しろ!」セコンドのエル・フエゴが叫ぶ。

​アトラスはロジックに従い、パタダ・デ・ギガンテ(ビッグブーツ)で迎撃する。プロメテの抵抗を打ち砕いた「レグレ・デ・オロ」の始動技「コード・セクレト」に匹敵する重い一撃。しかし、フィエスタは打撃の直前、高速の回転を加えトルニージョ・アレグレ(錐揉みドロップキック)でアトラスの顎を射抜いた。

​アトラスの巨体が揺らぐ。ロジックの処理が乱れ、「なぜ、私の力が通用しない?」という疑問が、彼のシステムに過大な負荷をかけた。


​アトラスは体勢を立て直し、パタダ・デ・ギガンテ(ビッグブーツ)をより強く放つため、ロープに走った。勝利のロジックが命じた、質量を乗せた一撃だ。

​自らロープに走りロープの弾性を利用したバウンドによる疾走。アトラスは250kgの質量を乗せたパタダ・デ・ギガンテをフィエスタの顔面目掛けて放った。

​しかし、フィエスタはその一撃を予測していた。キックが迫る寸前、彼はアトラスの伸びきった足の付け根に飛び乗る。

​「エル・トロ・デ・ラ・フィエスタ!」

​アトラスの巨体が、まるで雄牛をいなすかのように、軽々と回転させられた。屈辱的でありながらどこか喜びに彩られたフランケンシュタイナーでマットに叩きつけられたアトラスは、全身を震わせた。 自身の最大の武器である体躯を、逆に利用されたのだ。

​その喜びに彩られた技による屈辱とざわつきは、アトラスに「怒り」を再び呼び起こした。彼はフィエスタを捉え、感情のままに叩きつける。

​「レアル・デ・オロで終わらせろ!データ外のノイズは即時排除!」フエゴの絶叫が響く。

​アトラスは、渾身の力を込めてレアル・デ・オロのクラッチを狙い、フィエスタの頭部を股間に挟もうと屈み込む。しかし、フィエスタは既にその場にいなかった。彼はエル・カルナバルでアトラスの周りを高速で回り、クラッチを完全に拒否し続ける。

​アトラスのシステムは極限に達した。ロジックの最終結論であるレアル・デ・オロの始動が拒否され、観客の制御不能な喜びが絶え間なく流れ込む。

​アトラスの動きが、ワンテンポ、そして、さらに半テンポ遅れた。

​終章:喜びの裁き

​フィエスタ・ビバは、アトラスのフリーズを見逃さなかった。彼はアトラスの体から弾かれるようにロープに走り、コーナーに立つフエゴの前で挑発的にポーズを取る。

​もはや打てる手がない。そう理解したアトラスはショックで放心状態になり数秒止まった、その一瞬の静止を、フィエスタ・ビバは見逃さない。

​フィエスタは猛然と走り込み、イグアール・ノ・ソンでアトラスの腕をすり抜け、そのまま首に飛びついた。

​「エル・アブラソ・デ・フィエスタ!」

​喜びの抱擁は、アトラスのロジックが導き出した真実(レアル・デ・オロ)とは正反対の、軽やかで華麗な裁きだった。250kgの巨体がマットに叩きつけられる。

​フィエスタは優雅にブリッジを決め、フォール。

​「ワン!……ツー!……スリー!」

​ゴングが鳴り響いた。

エル・アトラス・デ・オロ、敗北。

​静寂の中、フィエスタ・ビバは勝利にマスクを輝かせ、マットに座り込んだアトラスを優しく見下ろした。

​アトラスの瞳に、勝利のロジックのデータは映っていなかった。映っていたのは、観客の「ビバ・ラ・フィエスタ!」という叫びが持つ、制御不能なエネルギー。

​彼は、敗北の痛みではなく、「楽しさ」という、最も不可解な「人間性のデータ」を、その心に焼き付けたのだった。

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