ミトス・エンド ~黄金の王権と人類のW.I.L.L.~
ルミナスノワール
ファースト・エピソード 怒れる炎 イシダ・プロメテ
時は近未来、デザイナーベビーが主流となったこの世界でプロレスもその波にのり様々なレスラーを産み出していた。今回の闘う二人もそのデザイナーベビーとして産み出された人である。
来たる正月の東京ドーム。五万人の熱狂が、ドーム全体を一つの巨大な生き物に変えていた。
メインイベント。先に姿を現したのはデザイナーベビーとして産み出された存在。「アンドレ・ザ・ジャイアントの再来」というテーマで産み出された大巨漢「エル・アトラス・デ・オロ」。身長230cm、体重250kgの巨大な肉体は、ただ歩いているだけで周囲の光を吸収しているかのようだ。セコンドのエル・フエゴは、リングサイドで観客のブーイングを煽り立てる。
対するは、イシダ・プロメテ。「The Last Stand」のキャッチコピーと共に、大歓声を背負って入場する。その瞳には自由な意志(W.I.L.L)の炎が宿っていた。
ゴングが鳴る。
アトラスは、その巨大な体躯を誇示するかのように、ゆっくりとプロメテに歩み寄る。その動きは、相手を威圧し、試合を支配しようとする。
しかし、プロメテは動かなかった。アトラスの巨体が間合いに入った、その一瞬の隙。
プロメテは稲妻のような速さで飛び込み、イデア・フラッシュ(延髄切り)をアトラスの側頭部に叩き込んだ。
初撃の奇襲!
250kgの巨体がグラリと揺らぐ。アトラスのデザイナーベビーとして設計された感情にない「驚き」が一瞬よぎる。これは、アトラスの「傲慢さや油断を、イデア(知恵)による閃きで突き崩す」ための、プロメテからの最初のメッセージだった。
プロメテは、一瞬の隙を逃さず、魂の炎プロメテウス・フレイム(ペナルティー・キック)をアトラスの胸板に叩き込み、試合は「神話の支配」を打ち破るための猛攻から始まった。
論理 vs 意志
アトラスの重い拳、ギガンテ・デ・マルティージョ(ダブルスレッジハンマー)がプロメテの胸板を襲う。衝撃でプロメテの身体が宙に浮くが、彼はその場で両足を深く踏ん張り、微動だにせず受け止めてみせた。これがレジスト・コア。アトラスの250kgが、プロメテの意志(W.I.L.L.)という精神的な壁に阻まれる瞬間だった。
試合は、アトラスの暴力的なまでのパワーファイトと、プロメテのタフネスと知恵がぶつかり合う凄絶な展開となった。
プロメテがレジスト・コアでアトラスの打撃を受け止めた瞬間、ドームの熱狂が最高潮に達した。この静かな抵抗こそが、アトラスの「暴」、そしてデザイナーベビーとしての「ロジック」に対する最大の否定だった。
アトラスが戸惑う一瞬を逃さず、プロメテは低い体勢から連続攻撃を開始する。遺伝子データに刻まれたK・S選手のストロングスタイル。プロメテは、アトラスの巨体を支える膝と股関節に狙いを定め、破壊力のあるローキックを連打した。
「その黄金の肉体に火を灯す!」
プロメテは雄叫びとともに、プロメテウス・フレイムをアトラスの胸板と腹部に何度も叩き込む。アトラスは呻き声を上げ、その動きに初めて「重さ」とは異なる「鈍さ」が混ざり始めた。巨大な体はスタミナの消耗も激しい。プロメテはアトラスの弱点を正確に突いていた。
フエゴがリングサイドで絶叫する。「アトラス!耐久力の減少率が想定を超えている!それ以上の打撃は避けろ!」
アトラスは、プロメテウス・フレイムを放つプロメテを捕まえるためランス・デ・オロ(スピアー・タックル)を放つが、プロメテはすんでのところで回避しプロメテウス・フレイムのダメージのせいで勢いを殺しきれず前のめりに倒れこむアトラスの背後に回り込んだ。
そして、その巨体を無理やり抱え挙げる。イシダ・プロメテに組み込まれたもうひとつの遺伝子データ、T・I選手から汲み取り昇華させたフェイバリットアーツ「イデアの灯」(ジャックハマー)だ。勢いよく叩きつけられた衝撃でアトラスは苦悶に顔を歪ませる。そして間髪いれずにプロメテはプロメテウス・チェーン(バックチョーク)を首に絡ませる。酸素の供給という最もシンプルな「ロジック」で今、「王権」が人間的な「意志」によって奪われようとしていた。
ドームの熱狂は、フエゴの声もアトラスのロジックも届かない、ただの生の感情の奔流となる。
アトラスは、230cmという純粋なその体格を活かして後ろに倒れ込み、プロメテを押し潰しロープブレイクを狙う。
何とかチョークから逃れたアトラスだったが、その呼吸は荒く、動きは明らかに鈍っていた。論理は乱され、肉体は限界に近い。
しかし、アトラスはニヤリと笑った。これは、ロジックが乱されたときの彼の「答え」。
彼は呼吸を整えながら、コーナー際でプロメテウス・フレイムのための助走を構えるプロメテを目にしながら、ゆっくりとコーナーポストに静かに崩れ落ちる――。
試合終盤、アトラスは勝利の設計図を発動させる。
コーナー際でプロメテを正面に捉え、アトラスは息を荒げてしゃがみこむ。コード・セクレト。立てないフリをして相手を誘う騙し討ちだ。立ち上がりの勢いを利用した回し蹴り、そしてギガンテ・デ・マルティージョ!トドメのエル・ペソ・デ・アトラス(全体重を乗せたストンピング)でマットに叩きつける。
アトラスは無言でピンフォールに入った。勝った。ロジック通りだ。
カウントが叩かれる。
「ワン!」
「ツー!」
ドーム全体が悲鳴と祈りに包まれる中、プロメテはアトラスの250kgの重みを全身で受け止め、右肩をマットから上げた。
「スリーッ!」の寸前、キックアウト!
ドームが爆発したような大歓声に包まれた。フエゴはリングサイドで絶叫する。「嘘だ!ロジックが狂っている!アトラス、なぜだ!?」
アトラスは、観客の「熱狂」を、そしてプロメテの「意志」という名の「ノイズ」を、これまでにないほどの大きさで認識していた。設計図は終わり、アトラスは初めて「ロジックの外」に投げ出された。
アトラスの無表情が消えた。そこに宿ったのは、怒り、焦り、そして排除の意志。
「…消し去る。」
アトラスは、敗北を知らない王が王権を誇示するかのように、プロメテをゆっくりと抱え上げた。
アトラスは、彼の230cmという人対人ではあり得ない高さまでプロメテを持ち上げ、頭部を太ももの間に挟み込む。そして、250kgの質量と重力を全て乗せて尻餅を付くように倒れこみ、プロメテをマットに垂直に突き刺した。
レアル・デ・オロ (パイルドライバー)!
プロメテの抵抗の炎が消え、マットに叩きつけられた衝撃がドームの空気を振動させた。
アトラスは崩れ落ちたプロメテの上に覆いかぶさりフォールを取る。
「ワン!…ツー!…スリーッ!」
ゴングが鳴り響く。アトラスは勝利した。しかし、その顔には勝利の表情はなく、データではない「熱狂」の残り香が、彼の心に初めて焼き付いたことを示唆するような、複雑な影が落ちていた。
その王権は、一人の人間の意志によって、初めて傷つけられたのだ。
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