第7話 15,000クレジットの戦果と、寄生の第一歩
(……やった)
スマホの画面の中で、ゴブリンが糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
(これが、俺のリモート・バトル。1000億への……最初の勝利だ)
だが、勝利の余韻に浸っている暇は、一秒たりともない。
焼き切れた脳を、精神力だけで強引に再起動させる。
まずは戦果の回収だ。
倒れたゴブリンの心臓部へ、震える意識で座標を合わせる。
「【W・D】――【受取】」
ズクンッ。
電流のような疲労が、指先から脳天まで一気に逆流した。
視界が白く明滅する。
だが、手のひらには確かな重み。
生温かい感触と共に、黒く光る直径3センチほどの石が出現する。
(……これが、Fランクモンスターの魔石)
ダンジョン出現から十五年。
これは世界経済の血液みたいな資源になっている。
今の俺には――ただの金だ。
工具箱の中には、残り八本の鉄杭。
(……まだ狩れる)
(コスト:杭1本100クレジット+脳が割れる疲労。リターン:魔石)
(どう考えても、まだ数が足りない)
狩る。
俺はスマホ画面を、ダンジョン入口の蜘蛛映像へ切り替えた。
……いた。
二匹のゴブリンが壁際で丸まり、完全に静止している。
(……ゴブリンが2体)
工具箱から鉄杭を手に取る。
無骨な鉄の冷たさが、熱を持った脳を少しだけ冷やす。
集中を研ぎ澄ませる。
まず一匹目の眉間――頭蓋の凹みへ、空間座標を固定する。
「【W・D】――【配送】!」
ズクウウウウウン!!
脳の奥を鉄箸で掻き回されるような痺れ。
だが、画面の中では一匹目が音もなく崩れ落ちた。
即死だ。
(よし……座標精度が上がってきた)
呼吸を整え、次の杭を手に取る。
隣の一匹は、何が起きたか全く気付いていない。
ただの置物と同じだ。
「【配送】!」
ズクウウン!
二匹目も沈む。
残り六本。
続いて、広場に置いた蜘蛛の映像へ切り替える。
……また二匹。
遠くの影で、岩に背を預けている。
(狩り尽くす)
杭を握り、再び眉間へ照準。
イメージを重ねる。
「【配送】!」
(……浅い!)
画面の中で、ゴブリンが跳ね起きた。
杭が眉間ではなく、肩口の筋肉の中に埋まっている。
悲鳴を上げる間もなく、敵がキョロキョロと周囲を警戒し始めた。
無音のまま、しかし確実に動いた。
(動くな……っ!)
生体はわずかな呼吸、心拍、揺れを常に伴う。
動いている物体への座標固定は、難易度が跳ね上がる。
ズレれば、異物は弾かれるか、致命傷にならない。
あの夜の実験で、嫌というほど理解させられたはずだ。
(落ち着け……!)
負傷したゴブリンはよろめき、木に寄りかかるようにして止まった。
警戒して荒かった呼吸が、ふと静まる。
肺の動きが止まる一瞬。
呼吸の谷間。
(――ここだ)
新しい杭を手に取り、眉間へ全神経を集中する。
脳が軋む音を無視する。
「【配送】!」
ズクウウウウウン!!
今度は正確に撃ち抜いた。
残り四本。
最後の一匹へ。
ここからが地獄だった。
「【配送】!」
外れた。座標が空中に固定された。杭が地面に転がる。
「【配送】!」
またズレた。指先が震えて座標が合わない。
「【配送】!」
壁の岩肌にめり込む。画面にノイズが走る。
(……視界が……焦点が……合わねぇ……!)
「【配送】!」
空間そのものが揺れて見え、照準が滑る。
脳の処理落ちだ。
スキルの酷使で、現実と映像の境界が曖昧になっていく。
残り一本。
喉がひゅ、と細くなる。
(これ外したら……終わりだ)
最後の杭を手に取る。
震える指で握った瞬間、カチ、と他の杭と擦れる乾いた金属音が鳴った。
深呼吸。
震えを殺す。
一点だけを見つめる。
「【配送】!」
ズドンッ!!!
ゴブリンが沈んだ。
勝った、じゃない。
死なずに済んだ――
その安堵だけが、胸を支配した。
(……終わった……)
ベッドに倒れ込み、荒い息を吐く。
身体が鉛みたいに重い。
意識がふらふらして、天井が回って見える。
五匹を狩るために、十本の杭を使い切った。
【配送】を連続十回。
脳が悲鳴を上げるのも当然だった。
だが――まだやることがある。
朦朧とした意識のまま、ダンジョン内四つの死体へ座標を合わせる。
回収までが戦闘だ。
「【受取】」
「【受取】」
「【受取】」
「【受取】」
机の上に転がる魔石が、五つ。
ズシリとした魔力の質量を受け止めた瞬間、視界が一瞬真っ白になり、意識が飛びかけた。
どれほど時間が経ったのか。
数分か、数時間か。
ふらつきながら身体を起こし、机の上の戦果を見つめる。
(……さて、これがいくらだ?)
スマホで神マケを起動し、「素材参考相場」を開く。
《Fランク魔石/ゴブリン・小:3,000クレジット》
《※標準ギルド買取価格》
(1個、3000……)
(5個で……15000クレジット)
喉の奥が震える。
乾いた笑いがこみ上げてくる。
鉄杭1000クレジットが、15000クレジットに化けた。
ROIは、1500%。
(……これだ)
(この式が回せるなら……1000億は計算できる)
だが、問題はまだ残っている。
この魔石をギルドへ持ち込めば――
探索者でもないのに、どこで手に入れた?
即、国家にマークされる。
俺のようなFランク認定者が、魔石を持ち込むこと自体が異常値だ。
(だから、貯金箱が必要なんだ)
机上の五つの魔石を手のひらに集める。
脳裏に映るのは、あの場所。
第3廃棄区画。
監視カメラの死角。
小杉の闇在庫、ダンボールの山。
あの内部の、特定の座標。
(頼むぞ、小杉)
(お前のどんぶり勘定で、俺のゴミを換金してくれ)
「【ワールド・デリバリー】――【配送】」
ズクン。
魔石が消えた。
今頃、あのダンボールの底で静かに眠っているはずだ。
(……よし)
(狩り 回収 ロンダリング、すべて……繋がった)
俺はベッドに沈み込み、薄い天井を見つめた。
今夜、確かに踏み出した。
寄生の第一歩を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます