第3話一等星③

2年前


小学生の時は毎日家に帰ればバットを振ってた。

夕方のまで家の庭で素振りをする。

初めてマメができたときは痛さと嬉しさが

両方押し寄せてきたな。


1スイング1スイング打席をイメージして

回数をこなすのではなく振る。


18:30頃に「ただいまぁ〜」と

聞き慣れた男の声が聞こえる。

親父が帰ってきた。


「おかえり〜。」と母がいつも通り言う。


「遅い!どんだけバット振らせるつもりだよ!」


俺がそう言うと親父は決まって


「今日は道が混んでて帰りが遅くなっちまったんだよ〜そう言うな」

と軽く笑いながら話す。


「そんなことより早く着替えて練習付き合ってくれよ!昨日の感覚を覚えてたいんだ!早く!」


親父はいつもやれやれという感じを出しながらも

俺のティーバッティングに付き合ってくれる。

当時はそれが当たり前のことだったし

感謝よりも当然とか思ってた。

今思うととても大変ですごいことだと思う

それでも親父は嫌味を言ったり態度に出したり

せず練習に付き合ってくれていた。


それが俺の日常だった。


ティーを打ったあとボールを拾っている最中、

タバコをふかしながら親父は聞いてきた。

「将来は何になりたい?」

「いつまで野球を続けたい?」

俺は決まって「プロ野球選手になるまでだ!」

そう意気揚々と宣言する。

「プロ野球選手になってとーちゃんかーちゃんに

ここよりでかい家をプレゼントしてやるよ!

俺はもっともっとでかい家に住むけどな!」


親父は楽しそうに笑いながら

「楽しみにしている」とそう言っていた

「それまで練習に付き合ってやる」とも。

俺はそれが嬉しくて頼もしかった。



9月。

俺が所属する「八王シャーク」全国大会決勝の日


「お、おい天野、手が震えてるぞ?そんなんで

ピッチャーできるのかよ」

「御手洗こそ汗すごいぞ。ショートにボール行かせないようにしないとな...」


軽口を叩いているが緊張を隠せていない。

そんな同級生がたくさんいた。


「みんな今日で最後だ!!うちのチームが日本一ということを全国に教えてやろうぜ!」


そう言いながらも俺は手が少し震えていた。

だが監督も頷きながら続ける。

「一輝の言う通りだ。ここまで長かったような短かったような気もするが、全員で最後まで戦い抜くぞ!その前に応援してくれる親御さんたちに

挨拶してこい!」


チーム全員でグラウンドに飛び出し、スタンドにいる父母達に声を大きく言う。

「応援よろしくお願いします!!」

「お願いします!!」

あまり揃っていない挨拶の後、父母達の拍手が聞こえる。


あ、とーちゃんかーちゃん。ねーちゃんも来てる

俺緊張がさらに込み上げたがそれと同時に

「俺」という人間の凄さを見せてやろうと

意気込んでいた。


「プレイボール!!!」

審判の声で試合が始まった


初回。焦斗の立ち上がりは最悪だった。

先頭バッターにフォアボールを与えると

2人目の打者にデッドボール。3人目の打者を三振にするも4番打者にタイムリーヒットを

浴びてしまう。

何とか抑え次の回。

相手もこちら同様緊張で1点を返すもその後立ち直り4回時点で1-3。まだ諦める点差でも回数でも無いのにチームのムードは最悪だった。


俺はこの時野球の勉強をしていた時に親父が

言っていた言葉を思い出していた。


「いいか一輝、チームの指揮が下がっている時、

1番奮起しないといけないのは誰かわかるか?」

「監督でしょ?一番偉い人が落ち込んでるとみんな不安になっちゃうし。」

「半分正解だ。だが指揮が下がっている時、

1番下を向いては行けないのはチームの要だ。

お前はキャッチャーとキャプテンを任されてる。チームの要、プレイヤーとしても要だ。

一番みんなを引っ張る人間だな」

「お〜」


俺は少し誇らしげにリアクションをしたのを覚えてる。


「チームのみんなと対等に接することが出来て、

尚且つ指揮も取らないといけない。人間完璧じゃないんだ。だが心で負けたらお終いだ。」


そうだ。今下がっている指揮を上げるのは、

流れを持ってこれるのは俺なんだ...


3番キャッチャー、星君。

アナウンスが聞こえた。


ランナー 一三塁、一塁には御手洗が出塁している。

俺はバットを握りしめた。

ボックスに立つ。そして

「さぁこぉい!!!」

神宮球場に響き渡る声で相手を威嚇した。

初球はボール。盗塁を警戒したのか、大きく外した。

相手も緊張しているのか、2球目も外れた。

俺は完全に集中しきっていた。

相手ピッチャーしか見えない。

次来るボールがわかる気がする。

ピッチャーが投げた。中よりの外角高め。


キィィン!!


振り抜いたバットは逆方向のラッキーゾーンを超え、神宮のライトフェンスまで届いた。

逆転のスリーランホームランだ


ベンチと父母のいるスタンドが凄まじい歓声を上げていた。

ベースを回りながら俺はなんとも言えぬ気持ちで回っていた。


ふとスタンドを見ると母が泣き、

姉はわかっているのか、

わかっていないのかよく分からない顔をしていた

そして親父と目が合い2人

同時にガッツポーズをした。


そこからチームは勢いに乗り、優勝を決めた。


帰りの車の中、親父は嬉しそうに言った。

「チームがお通夜状態だったのによく打ったな!まぁ打席に立つ前の顔は完全に死んでたけどな!ガハハ!」

「結果打ったんだからいいいいことでしょ!

お母さん涙出ちゃった。」

「一輝って、けっこー野球上手いんだねー。

次いつ試合あるの?」

「今日優勝したからもうないの!」


嬉しそうに話す家族に、俺も嬉しかった。


秋。まだ夏の暑さが少し残る夕暮れ。

俺はチームのグラウンドで1人練習をしていた。


全国大会が終わり、ほとんどのチームメイトは

次のステップへ舵を切る頃だろう。

中学軟式野球、シニアリーグ、ボーイズリーグ。

選択肢は色々あるが、

俺にはもう心に決めていたチームがあった。


地元の野球少年で知らない人間は居ない、

誰もがそのチームに入り、プレーしたいと思っている最強最高のチーム。「桑山ボーイズ」だ。


チームメイトの焦斗と御手洗も既にそのチームに

入団する事に決めているそうだ。

あの2人と俺が居ればきっと全国制覇だって夢じゃないと思う。既に楽しみで胸が踊っている。

だがレギュラーを取れるのか。

そもそもベンチに入れるのか?

そう物思いにふけ空を見上げていると。


「何浸ってるの?」

と後ろから女の子の声が聞こえてきた。

幼馴染の朝日結だ。


「うひゃん!!!」と情けない声で驚く俺。

びっくり系は苦手だ。

すかさず「急に話しかけんなよ!」と言うが

俺の悲鳴にツボったらしい結がケタケタと笑う。


「一輝も桑山行くんだ〜。」


「あぁ。でも桑山って言ったらここらじゃ...って言うか全国屈指の強豪だろ?上手くいくんかなって思っててさ。」


少し弱気な発言だったと思う。

そしたら結は立ち上がり話し始めた


「何事も行動する前は不安が付きまとうもの!

大丈夫!一輝はウチが見た選手で1番なんだから!

胸張っていつもみたいな大きい声で堂々と

門をくぐればいいの!」


ショートヘアが風で揺られながら結がそういう。


「そうだな!不安なんて一々数えてたら切りねーしな!気合と根性...

あとはまぁ何とか乗り切れるべ!」

「そうそう若いもんはその意気でなくちゃ!」

「同い年だろ!」


そう言いながら2人で笑いあった。



「ただいまぁ〜」

気の抜けた声で親父が帰ってきた。


「おかえりなさい〜」

「オカエリナサーイ」

「ちょっと優香(ゆうか)!

ソファで変な体制でお父さんに挨拶しないの!

もう高校生になるのよ!」

「へぇ〜い」


リビングで母と姉が何かを言い合っている。

その声で親父が帰ってきたことに気づいた俺は

「おかえり!早く準備して!閉まっちゃうよ!」

とベランダのドアを勢いよく開けて言う。


「まだ18:00だぞ。

バッティングセンターは22:00まででしょ。」

やれやれという感じで母が言う。


わかったわかったと。父

がヘラヘラしながら支度をする。


「じゃーちょっと行ってくるわ〜」

「行ってらっしゃーい。遅くても20:00にはご飯にしたいからあんま遅くならないようにね〜」

「いっへらっしゃ〜い」


そう言う母とだらしないカッコのままで言う姉。

俺は竹バットを持ち助手席に座り父が車を出す。


「一輝。もう中学でやるチームは決めたのか?」

「決めたよ。桑山に行く。焦斗と御手洗も行くって言ってたし。」

「桑山かぁ〜新設されたチームだけどかなり強いチームだな。ま、お前が決めたことならいいさ。

途中で投げ出すなよ〜」


にやにやしていう親父。

俺は

「する訳ねぇだろ!絶対全国制覇してやる!」

と意気込む。



「にしても桑山か。そんなとこでレギュラーになって全国制覇したらプロ野球選手一直線だな。」

「俺はエリート街道を進むからな!

誰にも負けない選手になってやる!」


「誰にも負けない選手か。いいなぁそれ。

お前の力があれば絶対できる。

なんせ1番輝いてたからな。」

「え?なにが??」

不思議そうに俺が聞く。


「全国大会の決勝の時だ。

打席に入る前からお前はもう違ってた。オーラって言うのかな。打った瞬間なんて

あのダイヤモンドで1番輝いてたぞ。」

「オーラかぁ〜」

よく分からんが褒められてる事は理解出来た。


「なぁ一輝。俺は別にお前にプロになって欲しいとかは無いんだ。でも目標に一直線に進むお前を見ているとこっちも応援したくなる。

そう言う人間だお前は。

そしてこれからもあのダイヤモンドで1番輝け。」

「?よくわかんないけど任せろよ!

スタンドから見てろよ!」


「ハッハッハ。」

親父が大きな声で笑った。

その笑っていた横顔が好きだった。

光って見えた。

いや、本当に光っていたんだ。

日も暮れた夕方はもう夜だった。トラックの

ライトが運転席を照らしていた。


ドン!!!!!


次の瞬間。

俺を乗せた親父の車は宙を浮いていた。


ガシャーン!!!


何が起こった??なんだ?なんだ?

分からない。頭がクラクラする。生暖かい水見たいのが首筋に垂れてる?


分かるのは笑っている親父を見た瞬間

運転席の窓からトラックが突っ込んで来た

ことくらいだ。


「かず..き...」

消え入りそうな声が聞こえる。


親父?親父??どこにいるんだ?暗闇で全く分からない。怖い。

その瞬間右手が握られたのを覚えている。


「無事かぁ?一輝。良かった。」


親父だ。俺に覆いかぶさって頭から血が出ている。

「とーちゃん??」


意識が朦朧とする。


「事故だー!トラックが衝突したぞ!

中に2人!子供もいる!」


誰かの叫び声が聞こえた。


正気に戻った俺は親父に声をかける。


「とーちゃん!とーちゃん!」

「あぁ、大丈夫だ。」


大丈夫なわけが無い。頭からの出血が酷い。

子供で医療の知識が全くない俺でもわかる。

だがそれを否定するように言葉を発し続ける。


「とーちゃん!!誰かが救急車呼んでくれるよ!

だからもう少し頑張って!」


声が震えてちゃんと伝えられてるか分からない。


「一輝。俺は大丈夫だ。でも言いたいことが

ちょっとだけあるから静かに聞いてくれ。」


喋らないで安静にして!と言おうとしたが、

親父の眼差しがそれを許さない。


「まず、かーちゃんにだけど。

俺に何かあったら遠慮なく俺の方のばぁちゃん家に助けを求めろと言ってくれ。俺はダメな男だったけどお前に会ってから多少まともになったって。」


親父が続ける。


「優香には、色々話したいことあるけど、とりあえず自分が正しいと思ったこと、感じたことを続けろと言ってくれ。あいつはかーちゃんと同じで感が良くてよく人を見ているからな。」


涙が止まらない。俺の涙なのか、上から落ちてくる親父の涙かはどうでもよかった。


「最後に一輝。お前は星家の男だ。星家はそれなりの名家で家はでかい。そうしてきたのは星家の男が支えて来たからだ。

でも俺はすぐ逃げる馬鹿野郎だったからな。

お前がそうなっても攻めはしない。

でも誰かを悲しませて泣かしちゃいけねぇ。

これは星家だからじゃねぇ。男だからだ。

約束しろよ。俺が今言ったこととさっきの話。

グラウンドで。あのダイヤモンドで...」





桑山第2グラウンド


日野が放ったボールが向かってくる。

目を開けた一輝。

一輝は父親の最後の言葉を思い出す...


俺は、誰かを夢中にさせる。

このダイヤモンドで1番輝く一等星になる!!!!


キーン!!


振り抜い球は焦斗の頭を超え、室内練習場の屋根にドン!!!と鈍い音で当たった。

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