奴隷姫は勇者に溺愛されます

ハニーシロップ

第1話 敗戦国の花

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第一部 亡国の姫は勇者の花嫁となる

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第一章 景品の檻

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1. 敗戦国の花

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 チリ、と肌を刺すような冷たさ。雪が舞い散るように、我がアルヴィオン王国の誇りは、音もなく、あっけなく散った。


 大陸北東部の宝石と謳われた美しき国は、南方の覇権国家アウグストゥス王国の容赦ない炎の侵攻の前に、わずか半年で膝を屈した。王都は黒焦げの骸と化し、父である国王は、崩れ落ちる城壁で討ち死に。母も、最愛の弟も、すべてが業火に呑まれた。


 そして、私――アルヴィオンの最後の姫、ユスティナは、燃える城から粗暴に引きずり出され、鎖に繋がれた一人の捕虜として、アウグストゥス王国の王都へと送られた。


 あれから、地獄のような二年の月日が流れた。


 私はもう、高貴な姫ではない。ただの、値札をつけられた「景品」だ。


「さあ、ユスティナ殿下。こちらへどうぞ」


 そう声をかけてきたのは、私を管理する宦官、ピリウス。彼は形式的な敬語を使うが、その目に宿るのは、敗戦国の姫という貴重な家畜を値踏みする、下卑た獣じみた欲望の光だ。私から見れば、彼は、籠の鳥の餌を与える、油断ならない飼育係に過ぎない。


 ユスティナは、重厚な絹と金糸で織り上げられた豪華なドレスを纏い、薄暗い石造りの廊下を歩いた。その装いは、私の商品価値を示すためのものであり、私の意思は一切介在しない。


 首筋には、冷たい銀の首輪が光っている。それは、私の隷属の証。冷たい金属が肌に触れるたびに、敗戦国の奴隷と何ら変わらない自身の身分を、嫌というほど思い知らされた。


 今日、私は、アウグストゥス王国の闘技大会の幕開けを飾る、最高に美しい、生きたトロフィーの役目を負う。


 この大会は、辺境の反乱分子を鎮圧した功労者や、各地から集められた優秀な剣士たちが、命懸けで戦う最高の武術の祭典だ。王アウグストゥスは、その優勝者へ、領地と金品、そして「勇者」の称号に加え、“とっておきの景品”を与えることを布告した。


 それが、この私、ユスティナ・アルヴィオンだ。


「優勝者は、この美しき元姫と婚姻を結ぶ権利を得る。そして、彼女の肉体と魂のすべてを、永遠に己の所有とすることができる!」


 この屈辱的な布告が為された日から、ユスティナの心は完全に氷に閉ざされた。私はもはや人間ではない。感情のない、美しさだけを追求された人形。あるいは、種馬に与えられる、最高の血統の牝馬。


「いけません、殿下。顔が曇っていますよ」


 ピリウスが、油のついた指先で、私の顎を無理やり持ち上げた。不快感で体が、微かに、しかし激しく震える。


「あなたは、優勝者の戦意を最高潮に高めるための、完璧な『花』でなければならない。その顔では、剣士たちの闘争心が鈍ってしまうでしょう?」


 ユスティナは反射的に、深く、瞳を閉じた。何を言われようと、私の心は動かない。心の中には、父と母を、国を奪ったアウグストゥス王家への煮えたぎる憎悪だけが、炎のように燃え盛っている。そして、この私を景品として弄ぶ、すべての男たちへの深い嫌悪が。

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