第55話 戦い済んで悪巧み。
ここはセンニチダンジョンの管理局支部長室。
柏木さんのお気遣いにより、私がただ遊んでいたと思われないために今回の事の顛末……明石静の治療の結果、及びある程度までの彼の『異世界商人(メルクリウス)』と呼ばれる【祝福】の情報を鷹司と六条に開示することの許可を貰った私。
もちろん、本題は新しい商品の売り込みなんだけど。
どこまでの情報を出すか、匙加減が非常に難しい話だったりもする。
「さて、本来なら私にこのような義務はないのですが」
「いや、その前置きはさすがにおかしすぎるでしょう!
中務さん、あなたは迷宮管理局の職員ですからね?
と言いますか、あなたが報告するべき相手は直轄の上司である私だけでは?
どうして毎度毎度葛まで呼んでいるのですか?」
「えー、それでなくともお馬鹿な連中の相手でストレスの溜まってるカズの事を仲間ハズレにしようなんて酷すぎるんじゃないかな? かな?
それに、それを言うならこういう内々の話は鷹司の中だけでするべきだと思うんですけどー!」
「……内々というなら私と彼の二人だけの話で終わってしまうんですけどね?
無駄話をしているとこの後の彼との食事に遅れてしまいますので、以降の余計な発言は全てスルーさせていただきますのでご了承を」
「酷い……男が出来た途端にあんなに大好きだった従姉妹(おねえちゃん)の事を厄介者扱い……」
「誰がお姉ちゃんですか!
あなたより私の方が数カ月誕生日が早いでしょうが!」
「クッ、年下彼氏の自慢とか羨ましい妬ましい憎らしい……あっ、そういえば以前私も彼から食事に誘われましたからそれに参加しても大丈夫なのでは?」
「もしかして支部長は社交辞令をご存じない?
……ということで、支部長には半月前に報告が入っているはずの『明石静』についてのお話なのですが」
「明石静? 昔どこかで聞いたような名前ね?」
「一時は『傾国』とまで呼ばれていた娘よ。
あなたは覚えていないかしら?
五年ほど前、上杉伯爵家の嫡嗣(ちゃくし)の婚約者に准男爵家の娘が選ばれたと騒ぎになったことがあるでしょう?」
「あー! ……そんなこともあったようななかったような?
って、どうしてそんな五年前の話をいまさら?」
記憶力は良いが、興味のないことにはとことんまで興味を示さない葛にその娘が『不治の皮膚病』に冒され、家族にも捨てられて一人暮らしをしていたこと、たまたま柏木さんの部屋の隣で暮らしていたことを告げる。
「……硝子やカズと出会ったことも含めて、おかしな女に縁のある男の子だね?」
さすがに葛(あなた)と同列に扱われるのは私も彼女も不本意なんだけど……。
おそらく報告書を確認しているのであろう、目の前の端末を操作する六条綾香。
「……ふむ、こちらには新しく登録した明石静(かのじょ)が彼――柏木夕霧さんと一緒にダンジョンに入るようになったとあるわね。
初日にはあなたも同行したとのことだけど……その時はスライムを討伐に向かったみたいね」
「へぇ? わざわざスライムを選ぶなんて珍し……あれ?
硝子は最初の日だけしか同行しなかったんだよね?」
「ええ、その通りよ」
事務職である支部長はそこに書かれていることを読み流してしまったようだが、どうやら探索者である葛はその異常に気づいたようだ。
「……初日から? スライム討伐?」
「そうね。柏木さんはスパルタだから、その日だけで600匹のブルー・スライムを一人で狩らされていたわ」
「スライム600匹とか、それもうただのイジメ……じゃなくて!!
えっ? 私以来の魔力適性持ち、柏木夕霧をあなたが見つけただけでも驚きなのに、その明石静まで魔力適性持ちだったっていうの!?」
「葛、それは一体どういう……そんなこと、この報告のどこにも書いてないんだけど……中務さん、あなたやってくれたわね?」
こちらを睨みつける六条綾香。
「あら、私はちゃんと指定されている書式通りに提出しておりますが」
「……クッ、確かにそのとおりだけれど!
それにしたって、そんな大事なことを特記しないなんて」
「まぁまぁ、まだ話は始まったばかりみたいだし!
それでそれで? ナントカちゃんが魔力適性持ちっていうのを発見したのは柏木くんだってこと? 彼にはそれを見つける方法があるの? ……もしかして、アイテムだけじゃなく人間を鑑定する魔道具が見つかったのかな!? かな!?」
さすが頭の回転が早いというか感が良いというか……。
「正直なところ、『魔力適性とは何か?』というのが私には分かっていないからそれを見つけるどうこうはわからないのだけど……鑑定に関しては答えられないわね」
「それもう出来るって言ってるようなものじゃない!!
はい! 見てもらいたいです! 今すぐ見てもらいたいです! むしろその魔道具を買い取ります!!」
「待ちなさい葛。そのようなモノがあるならそれは管理局(こちら)で管理すべきでしょう!」
「おやおや? お姉様はおかしなことを。
そんな世界でも見つかっていない魔道具を買い取れるような予算が管理局にあるのかな? かな?」
「うっ……そ、そのあたりはほら、社会貢献とか国家の発展のためというか……」
「なにそれ、まったくお話にもならないんだけど。
硝子、もうこんなところとっとと辞めちゃってカズと一緒に新しいギルドでも立ち上げようよ?」
「あなた、そんな話『桜小路』さんに聞かれたら大泣きされるわよ……。
と、話が逸れましたね。
残念ながら今のところは人の能力を見るような魔道具はありません」
「……あらら、それは残念!」
スッと目を細め、意味ありげな視線で私を見つめる葛。
もっとも、支部長の方も疑わしげな目でこっちを睨んでるんだけど。
「ということで話を続けます。
と言うか、いきなり話の腰を折られたのでまったく何も進んでいないのですが。
そもそも彼が明石静をダンジョンに連れて行ったのは――」
あの人から聞いた明石静との出会いやその病の正体が呪い――蠱毒であったこと、そして最後に彼女の症状が完治したことまで伝える。
「なんというか、ビックリするほど歯抜けなお話だったんだけど」
「以前持ち込まれた聖水にそのような効果があったことには驚きましたが、せめてどうやって呪いを解いたのかくらいは教えてほしいわね」
「治療方法……それを目の前で見ていた私からしても、信じられないような光景だったのですが」
そう、今回柏木さんが売ろうとしてるもの。
「……もしも魔力適性を獲得できる可能性のあるアイテムがあるとしたら。
魔法としか呼びようのない力が手に入るとしたら。
行き詰まった探索者がそれ以上に強くなれるとしたら」
葛の、六条綾香の顔色が変わる。
「おいくら位が妥当だと思います?」
それはクラス・スクロールと呼ばれるものだった。
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