第5話
禁書庫東区画の静寂は、朝の光が差し込む前から変わり始めていた。
私は、昨日と同じく古びた書棚の前に立ち、埃を払ったりページの魔力の揺れを確認したりしていた。
これが日常――そう思うだけで胸が少し落ち着く。
しかし、その日は違った。
棚の奥、普段は目も向けない場所で、ひときわ黒く沈んだ魔力を感じたのだ。
(……あれ? こんな魔力、見たことない……)
息をひそめ、ゆっくりと近づく。
そこにあったのは、一冊の薄汚れた革表紙の本。
表紙には文字も刻印もなく、ただ淡く黒い霧のような魔力を漂わせていた。
手を伸ばすと――
「……うっ、冷たいっ!」
本の表面から、氷のように冷たい魔力が指先に吸い付く。
しかし恐怖というより、胸の奥で小さく心がざわつく感覚だった。
(……なんだろう、この感覚……怖いけど……)
幼いころから数えきれないほどの魔導書に触れてきた私でも、
この感触は初めてだった。
――本が、呼んでいる。
声はない。
でも、確かに“わたしを見て”と言っている。
恐る恐るページを開くと、中は空白だった。
ただ、中央に淡く光る魔方陣がひとつ描かれているだけ。
(……でも、これ、読める……?)
無意識に、指先が魔方陣の上に触れた。
すると、ページの空白部分に淡い文字が浮かび上がった。
「……わ、わたし……読めてる……?」
文字は古代王国語。
歴史書でも触れたことのない文字なのに、なぜか理解できる。
魔方陣が微かに震え、ページ全体から冷たい空気が広がる。
その瞬間、禁書庫の他の棚からも反応があった。
本たちが一斉にざわめき始め、空気が揺れた。
「……えっ、ちょっ……!」
急いで本を抱きかかえると、魔力の波が私の体を包み込む。
心臓がぎゅっと締めつけられる感覚。
でも恐怖だけではない――不思議と胸が高鳴った。
まるで、本が私を歓迎しているような――
いや、訴えかけているような。
そのとき、背後で扉が勢いよく開いた。
「クララ! そこに何がある!?」
駆け込んできたのは、グレイ老司書。
その表情は、普段の穏やかさを失っていた。
「え、えっと……この本です……!」
「その本……!?」
老司書の目が、魔力の濃さを一瞬で察知する。
そして唇が震えた。
「……クララ、これは……王国にとって、危険すぎる本だ……!」
「……き、危険……?」
抱えている本を見下ろすと、ページの魔方陣が淡く光を増し、
まるで意思を持つかのように揺らめいていた。
「……本の声が聞こえるんです。助けてって……」
私は思わずつぶやいた。
心の奥で、震えるけれど、拒否できない感覚があった。
老司書は顔色を変え、深く息を吐いた。
「……クララ。君の力が試される時が、ついに来たのかもしれん……。
この本を、どう扱うかで、王国全体に影響が出る……」
胸がぎゅっと締めつけられる。
でも、恐怖よりも、使命感が勝った。
(……わたし……やらなきゃ……!)
少女はそっと本を抱きしめ、心の中でつぶやく。
「怖いけど……でも、わたしは本と一緒にいる。それだけで、きっと大丈夫……」
光が少しずつ強くなり、
本と私の間に、静かな呼応が生まれた。
――王国の運命を揺るがす、新たな事件の序章は、
こうして静かに幕を開けたのだった。
『王立図書館の最弱司書――と言われているけど、実は私だけ知らない最強魔術師でした @knight-one
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