俺オレサーガ  ~嘘つき男の英雄譚~

千の風

1 英雄の話を聞かせよう

英雄の話を聞かせよう

「知ってるかい。五年前にあった戦争の時の話だ。味方の軍隊は、敵に押されて崩壊寸前だった。重なりあった死体で、本当に足の踏み場もないくらいだった。

 兵士の心は折れちまう寸前だった。もうひと押しされれば、タマゴの殻みたいにぐちゃりと潰されちまうところだった。

 そんな時だ。

 敵の兵隊がうじゃうじゃいる中に、一人の男が突っ込んでいった。もちろん体ひとつってわけじゃない。馬に乗ってたから、単騎って奴だ。そいつは馬の尻まで串刺しにできるようなデカイ槍で、近寄る連中を片っ端から吹き飛ばしていった。

 想像してみろよ。人間の首が、まるで麦の穂先みたいに次々に刈り取られていくんだぜ。まさしく神か悪魔の仕業だ。勇敢だったはずの男たちは、そいつのために行儀よく道を空けた。まるで夕食に招待されたみたいに。敵の大将への道が目の前に開けた……」


 サズールは左手で口をぬぐいながら、麦酒エールの入ったジョッキを荒々しく置いた。ドン、という音が勢いよく響く。


 細身の体から、どうして。そう思うくらいに張りのある大きな声だった。ふうとため息をつき、見回すようなしぐさをする。

 サズールのまわりには、酒場中の客が集まっていた。娯楽に飢えた男どもが場所を取り合い、ひしめき合う。


 男たちはサズールが二杯目の麦酒エールを飲み干すのをじっと眺めていた。


「ふう、美味い」


「それで、そいつはどうなったんだ」


「まあまあ、あせるな。誰かこの哀れな痩せっぽちに麦酒エールを奢る勇気のある男はいないのか。三日ぶりにありついた酒なんだ。まだまだ足りねえ。このままじゃあ声も枯れちまう」

 その言葉が終わらないうちに、一枚の銀貨が回転しながら宙を飛んだ。絶妙のコントロールで店主のてのひらの中に収まる。


 色の黒い男が、人の壁を割って入るように近づいてきた。

「オヤジ、麦酒エールを頼む。何杯でも構わん。好きなだけ飲ましてやってくれ」


 サズールが男を見た。にやりと笑う。

「豪気だねえ。どこのお金持ちだい」


「余計な話はいいから。早く続きをやれ。観客がお待ちかねだ」

 男は中肉中背だったが、戦場で鍛えたようなしなやかな筋肉をしていた。眼光も鋭い。


 サズールの目が一瞬、細められたが、すぐに元に戻った。

「ああ、忘れるところだった。さて、その男の話だ。男は槍を持ち直すと、迷わず馬にムチをくれた。

 相手の将軍も度胸のある奴だったから、まっすぐに男を見返した。そして槍を構えて、鋭く叫んだ。バカ者、何を恐れる。敵は単騎だ。押し込めて殺してしまえっ。

 兵隊どもはその声で我にかえった。馬の手綱を引き、将軍のいる方を向こうとした。だがそれは、ちいとばかり遅かった。

 その時、そいつらは見たんだ。

 兵隊どもが守ろうとした大将には、首がなかった。声を聞いて振り向くまでの、ほんの一瞬。その間に男は首を掻き斬ったんだ。それがどれほどとんでもないことか。あんたにもわかるだろう。

 兵隊にとっちゃあ、それは魔法みたいなものだった。もう数なんて関係ない。恐怖だ。恐怖が兵隊から魂を抜いちまった。

 後の話は、誰でも知ってる。敵は総崩れ。味方は奇跡の大勝利だ。ダットリアの将軍様が手柄をみんな横取りしちまったけど。そこにいた兵隊たちはみんな知ってる。本当の勝利の立役者はその男だ。

 お前らも、名前くらいは聞いたことがあるだろう。世界最強の傭兵と言えばそいつしかいない。地獄のグズダック、悪魔のグズダック、千人斬りのグズダック……」


「お前、見たのか」

 だらしなく髭を伸ばした男が、酔っぱらってもつれそうな舌でいった。


「ああ、それもただ見たなんてもんじゃない。目の前さ。残念ながら、敵方に雇われていたんでね。あの恐ろしい槍の風圧で、風邪をひいちまったくらいだ。

 それよりあんたらは幸運だぜ。今、その伝説の男がここにいる。さあ旦那、顔を見せてやってくれ。ここの連中は英雄に飢えているご様子だ。こんな田舎じゃあ、有名人に会うチャンスなんか滅多にないんだ。声をかけて、みんなを感激させてやってくれよ」

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