第9話「魔王軍、来店。」

 朝のスーパーマーケット。

 ツトムはいつものようにレジ前で深呼吸しているつもりだった。


(……緊張しすぎて息が吸えん……)


 昨日は伝説級戦士バルガンが店員にされた。

 今日は何が起きるのか、もう予測もつかない。


「なんか静かだな……客、少ない?」


 まるで嵐の前の静けさだった。


 その瞬間。

 外の空が、“真っ赤”に染まる。


 ゴロゴロ……!

 メキメキ……!


 森がざわめき、地面が震え、黒い霧が自動ドアの向こうへ広がっていく。


「え……嘘でしょ……?」


 店内の全従業員(強制)は気配を察し、同時に身構えた。

 袋詰め戦士は剣に手をかけ、値引き魔術師は魔力を練り、ルガートは鋭い目でドアを睨みつける。


 そして、案内係バルガンが静かに一歩前へ。


「来るぞ」


 ピンポン♪

《危険なる顧客の接近を感知しました》


「危険なる顧客!? 来るの!? 入って来るの!?!?」


 ドォォォン!!


 自動ドアが揺れ、ひびが走った。

 直後。ゆっくり、ゆっくりと“黒い軍勢”が姿を現した。


 角の生えた魔族。

 重厚な甲冑をまとった魔騎士。

 蠢く蟲の兵士。

 巨大な影狼。


 そして隊列の中心には、半分だけ仮面で顔を覆った黒衣の女。


 どう見ても“敵”そのものだ。

 しかし、武器を向けてくる気配はなかった。


 女は静かに店内を見渡し、言う。


「……ここが噂の“奇跡の店”ね」


「ひっ……ひいぃぃい!? 魔王軍ぅぅぅ!!!」


 ツトムの悲鳴が響く中、バルガンが前へ出て吠える。


「貴様らの目的は何だ! ここは戦場ではないぞ!」


 女は淡々と答えた。


「戦いに来たのではないわ。買い物をしに来ただけよ」


「なんでだよぉぉおお!!!」


 魔王軍の兵士たちがざわつく。


「人間の“カップ麺”は魔王様のお気に入りでして」

「“チョコ棒”は兵士の士気向上に最適」

「“湿布”は特に重宝しております」


「湿布は異世界でも人気なんだ……」


 ピンポン♪

《来店者を購買モードへ移行します》


 魔王軍全員:「体が……勝手に……!」


 強制ショッピングが発動し、魔族たちは次々と店内へ吸い込まれていく。


 影狼はペットフードへダッシュし、

 魔騎士は冷凍ピザを山ほど抱え、

 火炎魔族はファンヒーターの前で感動していた。


「炎を……吸っている……? この箱は……何だ……!?」


「それ火を消す機械だから!!」


 仮面の女はインスタントスープの棚をじっと見つめていた。

 ツトムがおそるおそる近づく。


「あ、あの……お客さま……?」


「……この“コーンポタージュ”という飲み物。

 前に人間の兵士から奪って飲んだら……涙が出るほど美味しかったの」


「理由が悲惨!!」


 女は口元だけ柔らかく緩めた。


「今日は……買いに来たの」


 そこへバルガンがズドンと歩み寄る。


「魔王軍の者よ。店内ではルールを守れ。争いは禁止だ」


 魔族たちがピシッと姿勢を正す。


「は、はい!!」


「魔王軍より強い案内係やめろ!!!」


 やがてレジ前には魔族の大行列ができた。


 ピッ、ピッ、ピッ。

 魔石、黒金貨、呪符などレジは次々と異質なアイテムを自動変換していく。


(ほんとこのレジなんなの……)


 最後の客、仮面の女が袋を受け取ると、静かに頭を下げた。


「……ありがとう」


 ツトムは固まった。

 魔王軍がレジ係にお礼を言ったのだ。


 帰っていく背中を見ながら、バルガンが低くつぶやく。


「戦場では見られぬ、奇妙な光景だな」


「ほんとにね……」


 魔王軍は何事もなく森へと消えていった。

 だが、仮面の女はただ一人、振り返る。


「いずれ、また来るわ。“店長代行”の人間」


「その呼び方やめてぇぇぇ!!!」


 黒霧が消えていくと同時に、アナウンスが恐怖の宣告を落とした。


 ピンポン♪

《魔王軍の購買データを記録しました。

 需要に応じ“暗黒向け商品”の取り扱いを開始します》


「新ジャンル増やすなああああ!!!」


 こうして異世界スーパーはついに“魔王軍の常連客”という禁断の領域に足を踏み入れてしまった。

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