第9話 幼馴染み

 夏休みに入ると、各々が好きなように生活をしている。

 部活に奮闘する者、恋愛に耽る者、趣味に没頭する者とそれぞれの大型連休を過ごしている。

 中川結月もその一人だった。スマホでLI〇Eに文字を打っては消しを繰り返していた。

「夏休みにもなったし、今度遊びに行かない?」

 この文字を送信する前に消してしまう。スマホを置いてベッドに飛び込み、足をバタバタさせる。

「あーもう。」

 他には誰もいない自室で頬を膨らませるのだった。

「おっと、今日は結月が先だったか。」

 中川が桟橋に座っているところに、後から森翔太が現れた。森は中川の隣に座る。

 元々中川と森は身長差がある為、座った後でも顔1つは余裕で差がある。

「また、ここに来てたのか?」

「まあね。翔太は?」

「いや、俺はここで海を見るのが好きだから。」

「ああ、そう。」

 無難な会話をいくつか交わし、海を見る。ご近所ということもあり、幼稚園時代からの友人、俗に言う幼馴染みである。また、幼稚園、小学校でも何をするにしても一緒だった。同性の親友のような距離感だったが、中学生にもなると何だか気まずくなることが多くなった。ある時に森が「中川さん」と呼んでみたら、中川が不機嫌になった。二人の時は今まで通り「結月」と呼ぶことを条件に、人がいる時は「中川さん」呼びで了承してもらった。

 小さい時から何かに悩んだら中川はこの桟橋に来る習慣があった。その度、森が慰めるのが恒例となっていた。その為、この桟橋は中川のお気に入りスポットだった。

 約十分の沈黙―――。

「「あのさー。」」

 話始めが重なってしまった。2人が向き合う形になり、意図せず顔が近くなってしまう。とっさに顔を逸らし、気まずくなる。

「あれから4ヶ月だけど、どう達成できそう?」

 “4ヶ月”“達成”と来れば何を指すのかは明白である。

「ミッションだよね。ちょっと難しそう…。」

 俯きに答える中川―。

「ってそっちはどうなのよ。」

「俺はいつでもできるやつだから。」

 対して、森は明るく答える。

「だから、結月のミッションが心配なんだよな。だって達成しないと消されちゃうんだよ。」

「分かってる。頑張ってるよ。」

「そう言っていつも大事なことは言わないんだから。前だって、『宿題大丈夫?』って確認してたのに全然してなくて、最終日に二人手分けしてやったじゃん。」

「いつの話してるのよ。」

 少なくとも高校に入ってからはそんなことしていないはずだ。

「小学校2年生の時。」

「どんだけ前のこと言ってるのよ。」

 背中を叩きながら言う。「それに。」と前置きをして森に問う。

「私が消えたら、悲しい?」

 しっかりと目を見て質問してきた中川に動揺してしまう。

 出会った頃は本当に男勝りだった。美少女戦士モノより戦隊モノを好んだし、折り紙より砂遊びを好んだ。「えへへ。」と顔を汚しながら笑う中川を見るのが好きだった。しかし、年月が経つにつれ体と心が成長していく。スラっとしながらもメリハリのある体、短かった髪も長くなり、目鼻立ちもはっきりとしてきた。女性と意識してから、この気持ちが恋であることに気づくのに時間はかからなかった。それから約6年、告白すらできていない森は意中の子に「消えたら悲しい?」と聞かれて、

「そりゃあ、消えてほしくないよ。大事な幼馴染だしね。」

 と返すのが精いっぱいだった。もっと気の利いた言葉が出ないものかと思った。

「そう…。」

 一言だけ残し、頭を傾け、森に体を委ねる。

「おい。寝るなよ。海に落ちるぞ。」

「大丈夫。そしたら、助けてくれるでしょ。」

「まあな。」

「じゃあ、ちょとだけ。」

 そう言い残し、中川は瞼を閉じる。


 ♪思い出ずっとずっと忘れない空 ふたりが離れていっても こんな好きな人に 出逢う季節二度とない 光ってもっと最高のLady きっとそっと想い届く 信じることがすべて Love so sweet♪


 どこからともなく嵐のLove so sweetが流れてきた。なんでこんな桟橋に?と思い、音楽が流れた方向を見ると、もう一人の幼馴染の渡辺優がいた。渡辺も二人が気づいたことが分かったのか、スマホを操作する。曲が停止し、渡辺がニヤッと笑って見せる。

「何やってんだよ優。」

「いやー、そんな雰囲気かなって。」

「何言ってんだか…。ほら行くぞ結月。」

 森が中川に手を伸ばす。中川は森の手を取り、立ち上がる。そして、渡辺の横を通り過ぎていく。中川が立ち上がった後も少しだけ手を繋いだままにしていたことを渡辺は気づいていた。

「ったく、早くくっ付けば良いのに…。」

 二人に聞こえないように呟くのだった。

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