第5話 上原結奈と緒方凛-3

 義父が1階へ降りると、来訪者は扉を強く叩いていた。

「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」

「はいはい。すぐ行きますから。」

 切羽詰まったような声の警察に、ヤバい奴が来たのかと気をつけて義父がドアを開ける。そこには2人組の警察だった。

 義父が何事もなかったかのように、外行きの仮面を被って対応する。

「すみません。第三者から通報があり駆けつけました。緊急の様子でしたが、何かありましたか?」

 早口であるも、冷静な声質で警察が問う。

「何もないですよ。ちょっとホラー映画を観てまして。驚いたんだと思います。」

「いや、それにしては、切羽詰まったような声でしたが…。」

「かなり怖いシーンもあったので、つい声に出ちゃったんだと思います。ご心配おかけしました。」

(2人は外に聞こえるような大声を出していないはずである。どの事だろうか?というより、誰が警察に通報した?)

 と義父の頭に疑問が浮かぶが、現状の打破が優先だと切り替える。

「とりあえず、大丈夫ですので、安心してください。」

 警察に戻るように促す。その時、

「助けてくださいっ!」

「凛っ!」

 とわざと義父は下の名前で牽制する。

「すみません。まだ映画の恐怖が残っているみたいです。」

 義父はあくまでもホラー映画による恐怖で錯乱しているという設定にするつもりだ。

 義父は仮面夫婦ならぬ仮面家族を何年も続けている猛者である。このままでは、警察も丸め込まれてしまう。1度のチャンスを逃すと、次も大丈夫だろうと思われてしまう。どうしたら良いのかと思案していると背後から人影が通り抜けた。

「た、助けてください。その人は、家族ではないです。」

 今まで聞いたことのないぐらい大きな声で上原が叫ぶ。緒方が上原を支えながら、玄関から見える位置に移動する。警察も上原の顔の腫れ具合や必死さから尋常ではないことに気づき、驚く。

 逆に義父は仮面が壊れ、悪魔が顔を出す。

「おいおい、ちょっとおふざけが過ぎるぞ。少し落ち着け。もう映画は中止するから…。」

 と上原を部屋に戻すように、近づこうとする。条件反射で、上原が頭を抱え、ふさぎ込む。

「来ないで。暴力男。」

「暴力を振るわれている」とはっきり聞いた以上、警察もこの男性を女子高生に近づけることはできない。結奈に近づく義父を宥めにかかる。

 しかし“暴力男”という最低な異名に義父の怒りは頂点に達する。今後のことについて考えるより、目の前の気に入らない“オモチャ”に言うことを聞かせることで頭がいっぱいになる。

「どけ。」

 およそ義父が発せる中で最も低い声で警察を威嚇し、押しのける。大きな音を立て、壁に強く体を打ち付けるが、流石警察。受け身をしっかりと取ったため、音の割にダメージはないようだ。むしろ、すぐに手首をつかみ、床に倒し、身柄を拘束する。

「公務執行妨害罪の現行犯により、逮捕する。」

 取り押さえた警察が義父に手錠をかける。

「ふざけるな!誰がお前らを食わせてきたと思っている!こんなことをして無事で済むと思ってんのか!俺に何かあったら、また貧乏生活だぞ!」

 義父はパトカーに乗った後も叫び続けていた。


 それから数週間後、上原が緒方を招待した。

 上原の家は前回の立派な一軒家ではなく、古びたアパートの1部屋だった。

「前みたいな大きな家じゃないけど、私はこっちの家でママと一緒に暮らす方が嬉しい。」

 と笑顔で語る上原を見ると、緒方も安心できた。

 上原は義父が逮捕されてから目まぐるしい日々を送っていた。

 まず警察に保護され、治療と事情聴取を受けた。今までにあった真実を全て話した。今までの暴力の事、襲われそうになった事。

 そして、両親の離婚と引っ越し。大きな家だったが母娘の物は多くなく、引っ越し自体はすぐにできたとのこと。ママもパートを再開した。

「離婚した時に慰謝料も貰えるらしいけど、あいつに貰った金なんて極力使いたくないって。」

 上原が少し呆れたように話す。義父はというと、一変して、家庭内暴力や強制わいせつなどを否定し続けているらしい。外聞が良かったのもあり、犯行の継続性の証拠がない段階で、初犯では思ったよりも軽い刑になるだろうとのこと。

「あんな奴を正しく裁けない法ってどうなんだろうね。」

「それならきっと大丈夫だよ。そんなに法律も甘くはないでしょ。」

 悲しく呟く上原に緒方は元気づけるように言う。

 緒方が言ったのは本心である。ただ、上原には言っていないこともある。


 事件当時、緒方も事情聴取を受けていた。その時、義父への罰則についても警察に確認していた。

「証拠も当事者の証言のみとなると、初犯では執行猶予での判決ってのが現実的ですね。」

「証拠があればいいんですよね。」

 と緒方は持っていたスマホをポケットから取り出し、警察に動画を見せる。

 そこには上原に暴力をふるい、緒方自身が襲われている様子が鮮明に写っていた。

「これは…」

 と驚く警察。

「実は、前々から上原が悩んでいたのは気づいていたんです。家に行った時点で違和感が強くなって。それで動画を撮ってたんです。」

 本来なら他者の家を勝手に撮るのは、盗撮になるかもしれないが、そこは上原との間柄だから許してくれるだろう。しかも、撮ったのは上原結奈の部屋だけである。

「よく撮れましたね。これなら十分な証拠になります。」

「良かったです。二度と結奈に近づいてほしくないので。」

 正面を向いて真剣な顔つきで伝え、緒方の事情聴取は終えた。勿論、襲われている最中にこっそり録画できる程の技術はない。ただ、緒方には異能―視覚情報の保存―がある。つまり、一度見た情報については消えずに保存でき、保存先も任意の端末に保存できる。しかも、完全記憶とは異なり、消去も容易である。

(もしかしたら、あの化け物もこれを想定してこの異能を…)

 と想像したが、そんな良い奴じゃないと首を横に振る。最早そんなことはどうでもいい。

「これで家族水入らずの生活に戻れる。」

 上原の笑顔に曇りが消えたのだから。緒方は帰路にて思い返す。

(…にしても、警察が言ってたSOSって何だったかな?私たちが言ったのは警察が玄関に入ってからだったのに…?それに結奈の義父も数回のピンポンであんなに怒るなんておかしい気がする…。まあ、いっか。結奈が笑ってくれているのだから。)

 緒方はここ数年で、最も晴れやかな気分になった。


 上原宅近くの裏道。

「なあ、これくらいで良いだろ?」

 高校生が独り言のように話す。

 返事は意外なところから届く。彼の影である。

 影が動き出し、2m以上ある異形の姿に変わる。非常に気だるげで、意志の乗っていない“音”と表現すべき声が返って来る。

「まあ、良くやっていると思いますよ。…ええ。今回はかなり過剰だとは思いますが…、状況が状況でしたからね。それに、…タイミングと言い、…方法と言い、…あなたの性格の悪さがよく見えます。」

「別に良いだろ。」

「ええ、良いですよ。しかし、いきなり同時発動とは…。やはり、貴方も面白い…。」

「それは良かったな。」

 皮肉交じりに返す。

「だから、これからも宜しくお願いしますよ。」

 最後に「私は観測者でありたいですから…。」と言い残し、影が元の姿になった。



※このエピソードでのミッション達成者

・上原結奈―異能『感情の起伏を半分にする』、ミッション『弱みを見せる』、報酬『義父からのDVがなくなる』

・緒方凛ー異能『視覚情報の保存』、ミッション『正義執行』、報酬『上原結奈の救済』

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