第11話 便利屋なんですか、海賊

 世界の主要な大陸は三つある。孝太たちが旅をしているサウスブレスト、東にイストエンド、北にノスラエラとトライアングルを描くような配置で、それらにはいくつかの巨大国家が存在している。


 陸面積より海の方が広く、大陸間の移動は主に船で行われた。

商業船や軍用船、旅客船が行き交い、それらの船を襲い生活をしているのが海賊である。


 バリマスの海賊船もまた、人々の生活を脅かし、欲望のままに動きまわる悪の集団だと、孝太は頭の中で分類していた。


 しかし、現実は想像と違っていた。


「お頭、商業船が立ち往生してますぜ……」

「はっはっは! ならば行こう!」


 帆が破れて動かない船を見つけ、船員たちは乗り込み、恐ろしい手際の良さで修復していく。


「よし! これで動けるだろう!」

「あんたら海賊じゃ……」

「そうだ! さあ、修理費を貰おうか!」

「もちろんお支払いします。これぐらいでいかがですか?」

「そんなにはいらん! その半分でいい! はっはっはっ。我ながら強欲だな」

「……相場の半分なんですが」


 船の持ち主から謝礼を貰い、バリマスは満足そうに頷いた。


「お頭にも困ったもんです。うちら海賊なのに、船の修理とか魔物退治とか、そんなばっかすよ」

「へー……それって海賊なのか?」

「いちおう、海賊って名乗ってますぜ。あっしは、ルード。副船長をやってやす」

「俺は孝太。こっちがルミ」

「可愛いお嬢ちゃんですね。そうだ! 甘いお菓子があったはず。ちょっとお待ちくだせえ!」


 ルードと名乗った小柄な男は、いそいそと船内へ駆けていく。


「お人好しばっかりかよ」


 孝太は甲板を見渡した。

海賊たちはボードゲームをしたり、本を読んだり、編み物をしていたりする。


 服装と見た目だけ取り繕ったような、強烈な違和感がそこにはあった。

孝太はコーヒーでもいれるか、と調理スペースへ行き、お湯を沸かす。


 ドリッパーをカップへセットし、お湯で一度フィルターを洗い流したら、ひいたコーヒー豆を平らにのせ、三十秒ほど蒸らした。


 そして、新たなお湯を注いで、じっくり時間をかけて抽出していく。

潮風に混じり、コーヒーの香りが看板を泳ぐように広がっていった。


「お? なんだかいい匂いだな!」

「あんたも飲むか?」

「はっはっは! いただくとしよう!」

「ルミも!」

「はいよ。ついでだ。他の奴らのぶんも淹れてやるよ」

「ありがたい!」


 先にルミ用にミルクと砂糖をたっぷりと入れたカフェオレ、バリマスにはブラックでコーヒーを用意した孝太は、そのまま二十杯を淹れる準備をする。


「では、乾杯だ!」

「かんぱいだぞー!」


 ルミとバリマスは乾杯をし、コーヒーを口へ運ぶ。飲み慣れた味に、ルミは「ほうっ……」と息を吐いた。


「おいしいぞ!」

「うむ! クセになる苦さだ。それに酸味、奥にほのかな甘みがあって飲みやすい」

「あんた、わりと舌がいいんだな」

「はっはっは! 美味いものをたらふく食べているからな!」


 孝太はバリマスの味覚に感心したあと、並んでいる海賊たちにカップを手渡していく。

全員に行き渡ったあとで、孝太は自分用のカプチーノを啜った。


「さて、一服するかね」


 甲板に出て、手すりに寄りかかり、タバコに火をつける。

コーヒーとタバコのセットは悪魔的で、孝太のストレスを拭い去ってくれた。


「ふぅ……」


 一息入れたのも束の間。どんっ、と船体が激しく揺れ、孝太は手にしていたカップを落とした。


「なんだ!?」


 慌てて周囲を見渡すと、先ほどまで穏やかだった海に巨大な渦が生まれていた。


「クラーケンだ! 全員、武器を取れーっ!」


 バリマスのひと声で海賊たちは目の色を変え、弓やモリ、槍を手にとって走り出した。


「ルミ! こっちへこい!」

「パパぁ!」


 孝太はルミを抱きかかえ、軽バンに乗り込んだ。直後、クラーケンの八本の腕が海上に姿を現し、船のマストや看板の樽を薙ぎ払う。


「怯むなーっ!」


 腕に切りつけ、液体を浴びながら、必死に周りを鼓舞し、船を守ろうと武器を振るった。

バリマスの大きな鉈のような剣は、腕の先端を切り落としはするものの、決定打にはならない。


「お頭ーっ!」

「くそっ!!」


 前に気を取られているうちに、後ろから新たに出現した触腕が彼を捕らえた。

高々と持ち上げられ、みじろぎ一つとれず、バリマスは自分を見捨てて逃げろと命令する。


「お前ら、逃げろーっ!」

「舵がとれません!」

「帆に穴が……!」


 大混乱の中、孝太はどうしたものかと思案する。軽バンはダメージを受けないだろうが、海中に引き摺り込まれてしまえば、どうなるのかはわからない。


「やっぱり、乗るんじゃなかったなぁ」

「パパ、うしろだぞ!」

「……へ?」


 ふわり、と軽バンが宙に浮かび上がる。

クラーケンのもうひとつの触腕が、孝太たちを持ち上げた。


「うわぁ……詰んでね? これ」

「ルミ、とんでるぞ!」

「とりあえず、窓はロックしておくか」


 孝太は運転席側の窓から全ての窓をロックし、ルミを助手席から抱き寄せ、やがてくる海中散歩に備えた。


「ヤバそうだったらルミだけでも逃がさないとな……」

「パパ、ママのくるま、むてきだぞ!」

「……そうだな。信じるしかないな」


 やがてバリマスと孝太は、海に呑み込まれて行く。

鮮やかな青空とは違った、透き通った藍色の世界が視界いっぱいに広がっていった。


「おー……すげえな」


 海水は車内へ侵入してくる様子がなく、孝太は改めて軽バンの無敵さを実感した。


「ほらね! ママのくるま、つおい!」

「だなぁ。水陸両用とか革命的だわ」

「ルミ、おそとみる!」

「わっ! 馬鹿っ!」


 ルミは興奮のあまり、窓を開けようとボタンを押した。孝太が慌てて止めようとするが、窓はスッと開いていく。


「……どうなってんだ? これ」


 まるで見えない壁に阻まれるように、海水は留まったままで、指先で触れてみると指が濡れる。


「パパ、すごいねえ!」

「すごいなんてもんじゃねーよ。もはやキモイレベルだわ」


 そっと窓を閉めた孝太は、ルミヘ勝手に窓を開けないように注意した。


「ねえ、パパ」

「ん?」

「うしろのまどに、おじちゃんがいるよ」

「あ、ほんとだ」

「ーーーー!!」


 調理スペースの窓から、苦しそうな顔で必死に何かを訴えているバリマスの姿があった。

どうにかして触腕をふりほどき、孝太たちを助けにきたのか、それとも助けられにきたのか。


「窓が開くってことは、ドアも開くんだろうなぁ」

「いれてあげないの?」

「イケると思うか?」

「うん! きっとだいじょうぶだぞ!」

「試してみるか」


 孝太は後ろへ移動し、スライド式のドアに手をかけた。

窓から覗いてみると、触腕とほんの数ミリ距離が空いてることに気がつく。


「空間ごと固定されている感じか?」


 軽バンそのものが見えない膜のようなものに包まれていて、それが外からの進入や接触を防いでいるようだった。


「開けてみるか……」


 なんの抵抗もなくドアは開き、バリマスがパントマイムをしているような姿で軽バンに張り付いている。


「なるほどねぇ」


 これまでを振り返り、孝太はある結論を出した。


「″乗っていいぞ″、バリマス」

「どわっ!?」


 すると、突然壁が消えたかのように、バリマスが車内に転がりこんできた。

すかさず扉を閉めた孝太は、ハンドタオルを取り出してバリマスへ手渡した。


「許可ねぇ。なるほど」

「なんか知らんが助かったぜ!」


 軽バンは所有者の許可がないと乗れない。

元の世界の状態を維持している軽バンは、この世界の存在を受け入れないらしい。


 ただし、孝太の許可、持ち主の同意があれば受け入れることができるようだ。


「さて、どうしたもんかねぇ」


 ずるずると海の底へ潜っていく状況だけは変わっていない。

孝太は、いざとなればこいつを餌にして逃げるか? なんて、物騒なことすら考えだしたのだった。

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