第10話 道草を食う

「いやぁ~、朝日が眩しいなぁ~!!」

 宿を追い出され、路上で途方に暮れているヘルツの横で、ガングリュックが呑気に伸びをした。


 ――ボスッ!


 ヘルツは、ガングリュックの右脇腹に渾身の左ボディを叩き込んだ。


「痛ってぇなぁ!! 何すんだよ、さっきから!」


「ムカつく」


「俺が何したって言うんだよ!?」


「宿の食材を盗み食いして、宿から追い出された」


「そ、そうではあるけどさぁ……暴力は良くないよ、ねぇ、勇者さん?」


「“元”勇者だ。お前と同じ“元”だ!」

 ヘルツの声が震えていた。

「世界が平和になった今、勇者なんて不要だ。だから殴る!!」


 ――ボガッ!


 今度は右フックが肩を打つ。


「て、テメェ……人が大人しくしてたら調子乗りやがって……って、アレ?」


 反撃しようとしたガングリュックは、ヘルツの顔を見て言葉を失った。

 勇者の両目には、涙が滲んでいた。


「も、もう……勇者なんていらないんだよ!!」


 嗚咽混じりの声が、冷たい朝の空気に響く。

 幼い頃から勇者として生きてきたヘルツにとって、“不要”という現実は、自身の存在全てを否定されるに等しかった。


「そ、そうだよな……ツラいのは分かるよ。俺も同じだもん」


「そ、それなのに……こんな大変な状況の中で、お前は何やってんだよ!?」


「わ、悪かったよ。俺も自暴自棄になってて、つい……」


「俺だって分かってるんだよ。お前がそうなっちゃうのは……」


「そうなの?」


「ああ。ちょっと前まで俺も同じだったからな……その時はお前が俺を立ち直らせてくれた。だから今度は俺が、って……でも、全然どうにもならなくて……ううっ……情けなくて」


 堰を切ったように、ヘルツはその場に膝をつき、泣き崩れた。


「はぁ……俺たち、ここ最近ずっと泣いてばっかだな」

 ガングリュックはため息をつき、しゃがみこんでヘルツの肩に手を置いた。


「ここじゃ立ち話もなんだからさ、公園のベンチでも行こうや」


「う、うん……グスッ」

 ヘルツは涙を拭き、ガングリュックに肩を借りながら歩き出した。


「座れないね……」


 公園には“元”冒険者たちが溢れかえっていた。

 皆、仕事も金もなく、ベンチや芝生に座り込んでいる。


 ヘルツは改めて、自分たちの置かれた状況の厳しさを痛感した。


「最悪な状況だな……」


「ああ」


「だが、全てが悪いってわけでもないぞ?」


「どういうことだ?」


「草の上なら、宿代は掛からん! それに馬は草しか食べないんだぞ。馬も人間も大して変わらん。つまりこの公園は、食べ物で溢れている!!」


「……返す返すも俺はお前に感謝するよ。ありがとう」


「ん? どういうことだ?」


「お前を見てたら“頑張らなきゃ”って気持ちになるんだ」


「そうか。昔から部下によく言われるんだよ、それ」


「だろうな……よし、俺はとりあえず宿と仕事を探してくる」


「俺はどうしたらいい?」


「草でも食べててくれ」


「おう、分かった。でも安心しろ!」


「ん?」


「お前の分も取っておいてやるからな!」

 ガングリュックは満面の笑みでガッツポーズを決めた。


 ヘルツは頭を抱えながらも、思わず笑ってしまう。


 それからヘルツは街を駆けずり回り、必死に仕事と宿を探した。

 勇者以外の仕事などしたことがない。

 得意の肉体労働も、既に元冒険者たちで溢れかえっており、入り込む余地はない。


 それでも――

 “草を食べる魔王”のようにはなりたくなかった。

 あるいは、寒さを凌ぎたかっただけかもしれない。


 理由はどうであれ、ホームレスになるのだけは絶対に避けたかった。


 夕方。


「今日の宿が見つかったぞ! それに仕事もだ!」


 ヘルツは芝生で項垂れているガングリュックの前に立ち、胸を張った。


「そ、そうか……それは良かったな……」

 ガングリュックは息も絶え絶えで、完全に萎れている。


「ど、どうした!? 風邪でも引いたのか?」


「いや……俺は馬や牛のようにはなれないな……」


「どういうことだ?」


「草ってさぁ……そんなに食えないよ」


「……さあ、今晩泊まるところへ行こう」


 ヘルツは優しく笑い、ヘタレた魔王を背負って公園を後にした。


「ここが今日の寝床だ!」


「草じゃねぇか!!」


 そこは、馬小屋だった。


 ――二人の“元・伝説”の共同生活が、ここから始まる。

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