5話 いざ、卒業試験へ
あのドタバタ試練から何ヵ月も過ぎたころ、とうとう卒業試験の日になった。
試験会場は軍学校の裏手にある、戦闘訓練用に作られた広大な敷地だ。
背丈の低い草は生い茂っているものの、木は全くなくて青い空が隅々と広がっている。
にも関わらず高低差が激しくてどこも見晴らしが悪く、何人もの兵士が隠れられるところは山ほどある。
要は戦略建て放題、ということだ。
この試験のルールは、各チームに一人いる”首領”が持つ鉢巻を奪い、生き残ること。
手に入れた鉢巻が多いほど、チーム全体の得点は上がる。
但し自分がやられれば減点、自身の首領が陥落すればさらに大幅減点で全員行動不能となる。
試験終了時点の自分の得点によって最終成績は評価される、というわけだ。
試験は開始の合図がある前の、最初の陣取りから始まる。
大半のチームは本拠地、つまり首領の位置を把握されづらい奥まった場所にする。
だがそんな場所は限られているため、椅子取り合戦になってしまう。
あまりにも熾烈すぎて、中には場所取り競争が激化し手を出して反則となるチームが出るほどだ。
そんな他チームの過酷な争いを、アデルは見下ろしていた。
「……ふん、哀れな。
せいぜい醜い争いで、無駄に体力を消耗してれば良い」
レイモン達は、ジャッドのアイデアで見晴らしのいい丘の上に陣取っていた。
比較的どこからでも視界に入るような、絶対に他のチームが選ばないような場所だ。
「王女様、本当にこんな場所でいいんですか?」
レイモンは何度も戦略の確認をしたものの、この突拍子もない場所取りに不安を覚えていた。
しかし、ジャッドはにこやかな表情を浮かべた。
「そうかしこまらなくていいわ、私のことも是非名前で呼んで。
……確かにあなたの懸念は最もよ。
でも、私達にとってここはとても適した場所なの。
ほら、見て」
ジャッド王女は見晴らしのいい場所にレイモンを連れ、丘からの景色を彼に見せた。
「ここ、隅々まで会場を見渡せるでしょ?
その方が他のチームの戦況を把握しやすい上に、私の一番得意な戦法が使える。
それに敵が来たとしても遮るものが無くて丸見えだから、不意打ちをされる心配もない。
だからここは穴場のスポットなのよ」
彼女の丁寧な説明を理解しつつも、レイモンは納得できないでいた。
確かに彼女の言った利点はあるかもしれないが、それよりも首領の場所を露わにする方が危険な気がする。
でも、指導力の優れた彼女のいうことだ。
恐らく、自分よりも深く熟考して選んだはず。
凡人の自分では思いつかないところまで、彼女は配慮しているのだろう。
……そう、レイモンは自分に言い聞かせることにした。
「ジャッドさーん、まだ時間あるからみんなで作戦の確認しないか?」
振り返ると、ナタンがこの会場の地図を地面に広げてこちらを見ていた。
他の三人も地図の周辺で待機している。
「そうね。レイモン、行きましょ」
そう言ってジャッドとレイモンも地図を囲んで座り込んだ。
まず、このチームの首領であるジャッドはこの場所で他チームの状況を把握し、皆に適宜指示を送る。
その際にヴェロニックが師匠から借りてきた、離れていても会話の出来る特殊なイヤリングを通す。
指示出し以外にも状況報告がすぐにできるから、何かハプニングがあっても何とかなりそうだ。
次に、首領の護衛。
ここは基本的にナタンとセレストが担当する。
やり方に関しては具体的な指示出しは無かったものの、二人で色々相談し合ったみたいだ。
「そういやぁナタン。
試験開始直前にやらないといけないことがあるって言ってたが、こんな所で油売っていいのか?」
セレストが不意に会話を遮ると、ナタンは満面の笑みで親指を立てた。
「ばっちりだ!
後は俺が適宜動くから大丈夫!」
どうやら護衛チームは既に準備万端のようだ。
レイモンも含め四人は何のことか分からずきょとんとしていたが、二人は自信満々にハイタッチしている。
多分心配はないだろう。
率先して得点を稼ぎに行くのは、アデルとヴェロニック……そして、レイモンだ。
アデルとヴェロニックが主力で攻め、レイモンが補佐をしながら鉢巻を狙うという寸法だ。
最初はメンバーとして認められていなかったのに役目を貰い、レイモンとしてはそれで十分嬉しかった。
しかしアデルは、普通の学生チームを攻め落とすことに乗り気ではなかった。
「前々から言っているように、俺達が狙うのは”特別チーム”だけだ。
それ以外の雑魚など、無視してしまえば良い」
”特別チーム”は通常の学生のみのチームとは異なり、先生やベテランの軍人で構成される。
チーム全体が他と比べて強く、難易度は高い上に手加減など一切なし。
これまでの襲撃成功率は、僅か一割にも満たない。
だから挑むチームは一握りで、特別チーム自体もあくまで特別枠であるため基本的に動かない。
しかしもし首領の鉢巻を奪えれば、そのチームは現役兵士にも劣らない優秀な学生達と認められる。
それにかなりの高得点を得られるため、特別チームを一つ落とすだけで高成績を収められる。
歴代の挑戦したチームで見事鉢巻を奪うことに成功した人達は、皆有名な軍人になっている。
アデルの狙いはまさに、特別チームを落として優秀な成績を収めることだった。
レイモンは最初みんな反対するかと思ったが、意外にも乗り気で圧倒的多数決で決まってしまった。
流石は優秀な学生の集まり、と言ったところだろうか?
しり込みしているレイモンをよそに、皆は既に覚悟を決めている。
もう潔く腹を括るしかなかった。
「レイモン、貴様には俺の後を追う栄誉を与えてやる。
死ぬ気で付いてくるがいい」
アデルは意地悪そうな顔を見せた。
少し慣れたが、アデルは誰に対しても上から目線で話す癖がある。
しかも言い方が独特。
レイモンは心の中でぶちぎれることは多々あった。
そんな中ヴェロニックがレイモンの耳元で密かに教えてくれた。
「……彼の態度は、相手を気に入るほどああなるらしい。
もし本当に嫌っていたら、無視される。
……多分あなた、相当気に入られている」
彼女はそれだけ言うと、何もなかったかのように振舞った。
レイモンはなんだか嬉しいような、腹立たしいような複雑な気持ちになった。
打ち合わせがある程度済んだところで、試験開始三十分前の合図の銃声が響き渡った。
「もうこんな時間なのね。
――では、質問が無ければ作戦の確認はここまで。
各自、持ち場について待機せよ!」
ジャッドの口調が、いつもの優しいものから厳格で芯のあるものに切り替わった。
彼女の後ろ姿も、赤い鉢巻を風に靡かせてとても凛々しい。
レイモンの背筋は思わず伸び、一気に緊張感のある空気に変わった。
(たった一声でここまで雰囲気を変えるなんて……
これが、この国を将来担う指揮官の力……)
皆自分の待機すべき場所に移動し、レイモンもアデルの後ろについていった。
レイモンが気持ちを整えていると、あっという間に時が過ぎ試験開始の合図が鳴り響いた。
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