4話 アデルの試練(2)
レイモンが剣を構えた時、アデルは目を疑った。
「……貴様、不慣れな武器で俺に挑む気か?」
「それはこっちが聞きたいよ!」
不満を隠さないアデルに対して、レイモンも同じ気持ちだった。
犯人のセレストは、傍にいるナタンから責め立てられ、ヴェロニックからは冷たい視線を送られている。
それでも当の本人は涼しい顔をしていて、誰にもとられないようレイモンの大剣をしっかり握っている。
「二人とも、準備はいい?」
ジャッドはそんな裏方のやり取りに構うことなく、試練開始の準備を整えていた。
これ以上先延ばしにしても、アデルの機嫌が悪くなる一方だ。
ルールは前と同じく、一分間アデルの攻撃を躱すこと。
無理に攻撃する必要はないから、相手の動きに専念すればいい。
前回失敗したし不利な状況だが、必死でしがみつかないと。
レイモンは意を決して、彼女に向かって頷いた。
「よし。では――始め!」
ジャッドの号令が下りた途端、アデルが猛スピードでレイモンに迫ってきた。
(また連続技を使う気か!)
レイモンは咄嗟に構えを取ると、アデルは攻撃の嵐を仕掛けてきた。
――軽い。
剣が、軽すぎる!
大剣と比べて、圧倒的に振り回しやすい。
この一週間大剣の素振りに力を入れていたせいか、剣が自分の体の一部のように扱える。
おかげでアデルの攻撃一つ一つに対処できている。
武器を変えるだけで、ここまで変わるのか。
しいて言えば、リーチが短くて少し感覚とずれてしまうことだ。
しかし圧倒的な速さの向上が、その欠点を埋め合わせしてくれる。
武器の重さも違うため受け身にも少し違和感があるが、使い手の負担が明らかに軽減している。
「ちっ! こいつ……!!」
アデルは苛立ちを露わにしていた。
体感時間だが、既に十秒は経過している。
以前より明らかにレイモンは耐え続けていた。
「なら、これはどうだ!」
アデルは構え方を変えたかと思うと、目にもとまらぬ速さで鞘を捌き始めた。
攻撃は正面からだけではなく、横や上下などあらゆる方向から飛んでくる。
勘と視界に頼ってかわしきるには、限界があった。
(待てよ……剣が軽いなら、あれができるんじゃ?)
レイモンは一時期、戦い方について深く考えていた時期があった。
その時に思いついたのが、剣を振り回す攻撃。
派手に剣を投げ回して頻繁に持ち方を変えることで、相手を翻弄し攻撃の軌道を読ませないという寸法だ。
だが重い大剣でそんな芸当は不可能なため、この案は頭の引き出しの奥にしまっていたのだ。
でも今なら、その戦法が使えるかもしれない。
そう考えたレイモンは、両手で剣を投げ回し始めた。
「な――!」
あまりもの奇怪な動きに、アデルは驚愕していた。
レイモンは右手で剣を振り上げたかと思えば、空中で一回転させてすぐに左手で逆手に持ち替える。
そしてまた一瞬で右手に戻し、今度は後ろ側からの攻撃をカバーする。
動きは滑らかで、まるで剣が意志を持って舞っているかのようだった。
一見派手に動いているだけのようにも見えるが、見事にアデルの攻撃を全て捌ききっていた。
それにレイモンの動きを先読みしづらく、不意打ちができない。
知らないうちに、三十秒が経過していた。
しかしアデルは怒りを飲み込み、信じられない程冷静になっていた。
「……どうやら少々本気を出してもよさそうだな」
アデルがそう低く呟いたかと思うと、急に雰囲気が変化した。
今までのただ強い殺気とは違い、冷たくねっとりとまとわりつく嫌な殺気だ。
レイモンの全身に鳥肌が立ち、寒気を覚えるほどだった。
「残りの二十五秒、耐えて見せろ」
そう言うとアデルは、鞘を腰に構えて居合の構えになった。
どうやら技を使うつもりのようだ。
「……斬!」
一言発した後、瞬きをする間もなくアデルは鞘を引き抜いた。
「ぐっ……!」
レイモンは勘で何とか攻撃を防ぐことができた。
しかし圧倒的なスピードと質量で、思わず後ろに仰け反ってしまった。
残り、二十秒。
アデルはできたレイモンの隙を見逃すことなく、首を切りつけようとしてきた。
今の態勢では、剣で防げない。
レイモンは頑張って体をひねらせ、何とか寸前のところで攻撃を躱した。
残り、十五秒。
アデルはそれでもあきらめず、心臓を突き刺そうとした。
レイモンは無理やり態勢を変えたせいで、地面に叩きつけられた。
背中の痛みに耐えながらレイモンは剣を咄嗟に構え、間一髪でアデルの動きを止めることに成功した。
残り、十秒。
状況不利だと判断したアデルは一旦距離を取ると、鞘を自分の顔の横に構えた。
今度は別の技を使う気のようだった。
慌てて立ち上がったレイモンの目の前に、残像を残すほどの速さで迫ってきた。
残り、五秒。
レイモンは反射的に構えようとしたが、重心をしっかりと据えられずに剣を吹き飛ばされた。
残り、二秒。
アデルはレイモンの眉間に狙いを定め、鞘の先端を突きつけようとした。
残り、一秒――
「そこまで!」
ジャッドの号令と同時に、アデルの持つ鞘がレイモンの頭に触れそうな距離で止まった。
レイモンは今の状況を把握しきれなかった。
武器は遠くの地面に突き刺さっていて、危うく頭を突かれるところだった。
でも一分間、アデルの攻撃は受けていない。
(え? ま、まさか……)
戸惑っているレイモンをよそに、アデルは腰に鞘を戻した。
「……及第点だ」
そう言うと、自分の刀を回収して静かに去って行ってしまった。
現実味がなかった。
まさか、こんな状況で彼に認められるなんて。
やっぱりヴェロニックやセレストの言ったとおり、武器が合っていなかったのが自分が弱い原因だったようだ。
もしセレストが無理やり武器を変えてくれなかったら、試練を乗り越えられなかっただろう。
一体彼はどこまで考え、予測して行動してるのか。
どうしてそこまでしてくれたのか。
そう考えると、嬉しい反面セレストのことが分からなくなってきた。
「良かったわ、レイモン。
そして、おめでとう。
明日作戦会議をしようと思っているんだけど、是非来て頂戴」
ジャッドはそう言うと、少し嬉しそうにその場を後にした。
続いてヴェロニックが去っていたが、お面をつけているせいでどんな表情をしているのか分からなかった。
「本当におめでと、レイモン!
君なら突破できると思っていたよ!
これからよろしくな!」
ナタンはレイモンの背中を強くたたいて、にこやかに去っていった。
「……セレスト、ありがとう。
お前のおかげで何とかなったよ。
でも、今後はそうやって無理やり――」
レイモンが振り返ると、いるはずのセレストの姿がなかった。
大剣もない。
いつの間にか、レイモンの武器を持って静かにその場を離れたようだった。
(あいつ……今度会ったら武器返してもらわないと)
そう思いレイモンは、オレンジ色に染まった空をゆっくりと見上げた。
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