第8話 2-2: 痩せた大地と育たぬ種
辺境の集落は、幸いにもリーナのような『追放者』を詮索するほどの余裕はなかった。
集落の者たちは、リーナの、明らかに場違いな身なりと、フードの奥の青白い顔を一瞥すると、すぐに興味を失ったかのように、自分たちの作業に戻っていった。
彼らの目は、王都の貴族たちのように好奇や侮蔑に満ちているのではなく、ただ、生きることに精一杯で、他者を顧みる余裕がない『無関心』に満ちていた。
リーナは、集会所の老人(まとめ役)に、母の遺産である銀貨を数枚見せ、当面の宿を借りられないか交渉した。
老人は、リーナが差し出した銀貨の価値を無言で確かめると、集落の外れにある、打ち捨てられた廃屋を指差した。
「……あそこなら、空いてる。ただし、誰も住み着かねえ、呪われた小屋だ。昔、薬師が住んでたが、瘴気にやられて、とっくの昔に死んじまった」
その廃屋は、壁には穴が開き、屋根も半分崩れかけた、およそ人が住めるとは思えない場所だった。
だが、リーナには選択肢はなかった。
「……ありがとうございます。そこで、結構です」
彼女は、その廃屋を、自分の『家』と定めた。
まず、生きるためには、食料が必要だ。
彼女は、王都から持ってきた、最後の希望――あの、薬草の『種』を取り出した。
解熱効果のあるもの。鎮痛作用のあるもの。そして、瘴気に耐性を持つようにと、彼女が独自に品種改良を試みていた、まだ名もない薬草の種。
(これさえ育てば……!)
(この種と、私の『大地の活性化』の力があれば、きっと……!)
彼女は、廃屋の裏手にある、わずかばかりの地面を、持っていたナイフで必死に耕した。
土は、石のように固く、灰のように乾ききっていた。
「……お願い」
リーナは、その痩せた土に、祈りを込めた。
聖女の力を、両手から大地へと流し込む。
王都では、この力で、大地は瞬時に生命力を取り戻し、どんな作物も豊かに実った。
だが。
(……え?)
リーナの力が、大地に、吸い込まれて、消える。
まるで、乾ききった砂漠に、一滴の水を垂らすかのように。
大地が、リーナの力を、受け付けない。
(そんな……どうして……?)
王都の大地は、確かに『穢れて』はいたが、『死んでは』いなかった。リーナの力は、まだ残っている大地の生命力を『活性化』させるものだったのだ。
だが、この辺境の大地は、あまりにも長い間、濃密な瘴気に晒され続けた結果、その生命力そのものが、完全に『枯渇』していた。
(……だめだわ。この土地は、私の力に、応えてくれない……!)
それでも、リーナは諦めなかった。
なけなしの聖女の力を振り絞り、指先が白くなるほど強く地面に押し付け、力のすべてを注ぎ込んだ。
そして、その、わずかに『浄化』された土に、震える手で、種を蒔いた。
「……お願い、育って……!」
しかし、現実は無情だった。
翌日、リーナがその場所を見た時、蒔かれた種は、そのすべてが黒く変色し、まるで瘴気に焼き尽くされたかのように、塵となって死んでいた。
(……ああ……)
リーナは、その場に、膝から崩れ落ちた。
王都から持ってきた、唯一の希望。
父が『国の宝だ』と信じてくれた、この『地味な力』。
そのすべてが、この北の辺境では、何の意味もなさなかった。
痩せた大地は、彼女のささやかな希望さえも、拒絶した。
(……これから、どうすれば……)
持参したわずかな食料は、あと数日で尽きる。
銀貨はまだ残っているが、この集落で、金で買える食料など、ほとんど存在しない。ここは、貨幣経済ではなく、物々交換で成り立っている、原始的な社会だった。
(……薬師として、何か、できることは……?)
彼女は、腕に抱えた、あの三冊の専門書を見つめた。
『王都薬草全書』『鉱物と毒物の基礎』『前世薬学応用論』。
(王都の薬草は、ここでは育たない)
(ならば……!)
リーナの目が、絶望の淵で、再び、かすかな光を取り戻した。
(……この土地に、自生している植物)
(この、濃密な瘴気の中で、なおも生き延びている植物が、あるはず)
(それはきっと、王都の『主流』の薬草学では、まったく価値を見出されない、いわば『異端』の薬草)
(でも、それこそが、この土地で生きるための『答え』かもしれない……!)
リーナは、懐に残った最後の銀貨数枚を握りしめ、あの集落で唯一、人の出入りがある『酒場』の、重い扉へと向かうのだった。
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