第6話 スクランブル
大きなあくびを噛み殺して、
彼女が今日も手にしているのはオレンジジュースだ。
外階段は風通しが良いから、座っているだけで心地が良い。
「バレたら委員長の奴、拗ねるんじゃない?」
「それは……申し訳ないとは思うんだけど、寝付けなくって」
今日もボクは仮眠室を抜け出して、外階段へやってきていた。
連日予約が取れたのはいいものの、やっぱり寝付けなくて。
そんなボクにとって、サボり仲間っていうのは貴重だった。
「ま、そういうこともあるよねー……ふわ、っ」
またあくび。
棚町さんはゲームの周回とやらで寝不足だ。
どうにも今週中にあと二百週はしないといけないらしい。
それがどれだけ大変なことかは分からないけど、二日で百週分減っているっていうのは凄いんじゃないかと思う。
「
馬越っていうのはボクの苗字だ。
馬越サク。
「でもボク、ロック掛けられてて」
「外せばいいじゃん」
貸して、と言われて素直に自分のスマホを差し出すと、彼女はボクに見せつつ何かのアプリをダウンロードし、幾つかの設定をしてくれた。
「はい。これで保護者ロックは全部スルーできるよ。課金とかするとバレるけど、通信料は流石に使い放題でしょ?」
「だと……思うけど」
渡されたスマホを見てボクは戸惑った。
ロックって、そんな簡単に外せるものなの?
というか、やっていいのかなって不安になる。
だって親が決めたものだし、そんな、勝手に……。
「アプリは非表示設定にしたから、漁られなきゃバレないよ。表面的にはロック掛けられたままだし。というか今時ゲーム禁止って平成かよ、知らんけど」
棚町さんはオレンジジュースを飲み干すと、また少しあくびをしつつボクの隣へ腰掛けた。
そして、こっちのスマホを覗き込みながら、手を伸ばして次々とアプリゲームを表示させてくれる。
「コレとかコレはオススメかなぁ。短時間でちょちょっとできるよ。ストーリー楽しみたいならこーいうのもオススメ。馬越って小説は読む? 読むならがっつり系もあるよ」
そして自分のやっているゲームについて語ってくれたり、僅かながらもあるボクの好みを聞いて、これが似ているとか、こういうのはどうとかって教えてくれた。
「っ、~~~~あぁ、もう駄目だぁ。眠いわ」
「良かったら、ボクの借りたベッド使う?」
「馬越は?」
「寝れないし」
「そっかぁ、じゃあ遠慮無く借りるわぁ」
また大きくあくびをして、立ち上がろうとした棚町さんの手からスマホが落っこちる。
「っと、あぶなっ」
それをどうにかキャッチして、手渡そうとするけど、本当にもう限界が近かったらしい彼女はふらりと身体を傾けて、ボクにしがみ付いてきた。
「ごめ……意識したら、やば……ねむ…………」
「もうちょっと頑張って……っ」
「わかったぁ……」
どうにか校舎への扉を開けて、どうにか仮眠室の戸口を抜けて、どうにか借りてる部屋まで行って、先生にも見咎められずに棚町さんをボクの使っていたベッドへ寝かしつけた。
掛布団を抱き枕みたいにして抱える彼女は、枕元に置いたスマホを握り締め、そのまま大きくあくびする。
……どうにか、なったかな。
なんて思ったのも束の間、足音が近付いてることに気付いた。
巡回の先生だ。
慌てて仮眠室を見回した。
が、ボクのベッドは棚町さんが使用しているし、もう一つだって……。
まずい……っ。
「うまこし……こっち」
だけど、まだ意識があったらしい棚町さんが、いつかの逆みたいに掛布団を広げて呼び掛けてきた。
「気にしないから、つーか、アタシが借りてんだし、さ……」
一度は同じ布団に入った身。
とはいえ流石に恥ずかしさはある。
が、やっぱり見付かるよりは良いよねと、ボクなりに思い切ってそちらへ一歩を踏み出そうとした時だ。
「…………さくさくくん?」
背後から夢園さんの声がした。
驚いて振り向くけど、彼女の瞼は重く閉じられたままで、未だに眠りの中に居るのが分かった。
ただ、ボクをずっと心配してくれている彼女は、
「ねれない?」
「……ううん。いま、寝ようと思って」
「そっかぁ……じゃあ、どうぞ」
もぞもぞとベッドを半分開けて、何故か掛布団を開いてみせてきた。
……………………えっと?
右に棚町さん、左に夢園さん、双方からベッドに誘われる中、巡回する先生の足音が迫る。
一体何がどうなっているのか分からないけど、危機的状況っていうのだけは確かだ。
「うまこしぃ……せんせーくるぞぉ……」
「さくさくくん、いっしょにねるの」
だからボクは。
※ ※ ※
担任の先生が仮眠室のカーテンを開けた時、ボクは仮眠室の中央で正座していた。
スーツ姿の格好良い女の先生は、なんだか微妙な顔でボクをじっと見詰めて、
「……………………転校生、なにしてるの」
「……………………授業をサボってるので、反省中です」
それから先生は二つのベッドが埋まっていることを確認した。
棚町さんは顔を隠していたけど、何故か概ね事情を察したらしい先生はガシガシとボクの頭を乱暴に撫でて、声を立てずに笑った。
「中々やるねぇ、色男」
「そういうんじゃありません……っ」
結局その日は眠れなかったけど、生徒指導室でお茶とおせんべいをご馳走になった。
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