第5話 仮眠室での一件
それからしばらく、ボクはクラス委員長である夢園さんに従って、学校のいろんなところで授業へ参加した。
彼女はどこでも寝れる。
まさしく『眠り姫』の名に相応しく。
そしてボクも、一応は寝ようと彼女の隣で目を瞑る。
眠れなかったけど、心配してくれた夢園さんに応えようと頑張って……頑張って、寝ようとし続けた。
そんな日を繰り返して。
週明けとなる月曜日。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみぃ……」
自分で眼鏡を外し、予約の取れた仮眠室のベッドで横になる。
扉の無い戸口にはカーテンが掛けられていて、個室感はあるけど外の音が僅かに響く。この潜めた足音は、巡回の先生だろうか。
離れたベッドからは早くも夢園さんの寝息が聞こえてきて、その心地良さげな様子につい力が抜ける。
リラックスはできていた。
眠気もある。
今までで一番落ち着ける筈の、二人一緒とはいえ個室みたいな状態で、よく干された布団に包まれて。
寝なくちゃ。
そう思って目を瞑っていても意識が落ちることは無かった。
焦りとか、息苦しさは随分とやわらいでいるけど、どうしても意識がはっきりしてしまう。
でも、と。
ただ目を瞑って、ただ暗闇を見続けた。
※ ※ ※
「あれ、転校生じゃん」
結局仮眠室を抜け出して、近くの外階段へ出たところでクラスメイトと遭遇した。
髪を金色に染めている、派手めな印象のある彼女は、オレンジジュース片手にスマホを弄っていた。
「いいよ、チクったりしないし。『眠り姫』から逃げてきたんだろ?」
「ぁ…………うん」
逃げてきた。
そう、だよね。
頑張って眠ろうとしたけど、難しくて、一度気分転換をしようって言い訳をしてきたけど、結局は彼女の言う通りか。
「アイツも中々しつこいからなー。あ、転校生が来る前は、よくアタシが追っかけ回されてたんだー。寝ぼけるとあの調子だろ? 参っちまうよホント」
「あはははは、でも、おかげで助けられてるところはあるかな、とは、思うかな」
名前は確か、
教室でも今みたいにずっとスマホを弄ってる気がする。
「この授業もどうかしてるよ。ま、上手く潜り込めりゃあ遊び放題だから、こっちとしては気楽だけどさ」
「そうなんだ」
「巡回してる教師も結構ザルだよ。こっから見てりゃあ近寄ってくるのは分かるし、外階段は足音も大きい。いざとなれば仮眠室も近いから、空いてる所へ滑り込めば誤魔化せる」
なるほど、そういう人も居るんだな。
確かに毎日毎日昼寝をしろと言われても、寝付けないことだってあるだろうし、教室じゃあ仲の良い人達がこっそりトランプで遊んでいるのを見たこともある。
「変に気張ることはないさ、転校生。適当に遊んで、眠くなったら寝ればいい」
彼女の何の気なしな、気張らない言葉が、地味に染みてきた。
眠らなきゃって頑張ってきた数日間、決して嫌ではなかったけど、気疲れはあったんだろう。
「棚町さんは何をしてるの?」
「うん? これ」
言って、彼女はオレンジジュースを飲みつつスマホの画面を見せてくれた。
何かのゲーム画面だった。
電車の広告で見たことがある。
「今イベントの周回で忙しいんだよねー。開始直後はついサボっちゃうから、今週中にあと三百週はしないと素材不足でやってらんないんだよ。だからまあ、昨日も遅くまでやってて眠いは眠いんだけど」
言って、あくびをしつつ手の操作は止めない。
ゲームってやったことはないけど、そんなに熱中するものなんだ。
「なに? 興味ある? 今フレ紹介キャンペーンもあるから誘ってやろっか?」
「いや、そもそもゲームってよく分からなくて」
ボクの両親が嫌っていて、スマホにはその手のモノがダウンロードできないようロックを掛けられている。
やろうと思ったことはないから、特に意識もしてないんだけど。
「………………転校生、ゲームしたことないの?」
なんて思ってたら、棚町さんが信じられないって顔でボクを見てきた。
「え? うん。すごく小さい頃にちょっとだけ、上から落ちてくる奴でブロックを消すのなら……キーホルダーと勘違いして母が」
「化石じゃん!? えっ、そんな現代人が居るんだっ!? あ、やば」
なにが、と尋ねる暇は無かった。
棚町さんは言葉の途中でボクの腕を掴むと、大急ぎで外階段から校舎内へと駆け込んだ。
動きの荒っぽさに反して扉を閉めるのだけは慎重に。
「アキセン来てるっ。転校生、使ってた仮眠室は?」
「えっと、手前から二番目の左」
「よし!!」
どうやら先生の巡回が来たらしい。
全く気付かなかったけど、彼女と一緒に仮眠室へ潜り込んだのと、外階段からの扉が開く音がするのは同時だった。
「あぁ、そういや『眠り姫』と一緒だったんだ……、っ」
ボクが潜り込んだベッドの反対側を覗き込んだ棚町さんが、声を潜めて悪態を付く。が、すぐさまこっちへやってきた。
「いれてっ」
問答している暇は無かった。
スマホ片手にボクの居るベッドへ飛び込んできた棚町さんが、掛布団を被って身を寄せてくる。
お腹辺りにスマホの固い感触と、女の子の頭がある。
あとはもう、よく分からない。
あ、そういえば眼鏡掛けたままだ。
気付いたのと、戸口のカーテンが開かれるのは一緒だった。
ボクは努めて力を抜きつつ目を閉じ、寝たふりをする。
太ももを掴んでくる手の感触は棚町さんのものだろう。
一瞬だけライトを向けられて、すぐ逸れる。その後で明らかに室内へ入ってくる気配がして慌てた。
棚町さんの言っていたアキセンというのは、クラス担任のことだ。
格好良いけれど、いろんな案内を忘れている女の先生は、なんでか寝たふりをするボクの肩をぽんぽんと叩いて、掛けっぱなしだった眼鏡を外してくれた。
枕元の、安全な場所に置く音がして。
すっと気配が遠ざかっていった。
しばらくの間を置いて、
「はぁ……危なかったぁ。うん? 転校生?」
起き上がった棚町さんの気配を感じたけれど、ボクの意識は急激に微睡んでいって、応じることはできなかった。
ベッドを抜け出した彼女は、乱れた掛布団を意外にも綺麗に掛け直してくれて。
「おやすみ」
何故か髪をくしゃりと掴まれ、そのまま彼女は離れていった。
きっとこれから、ゲームの周回というのを続けるんだろう。
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