9th number『The Midnight Sun will Never Set』

「くたばれ」

 智絵里はレコーディングスタジオの冷房を二度下げた。

 胸元をパタパタと仰ぎ、額に光る汗をタオルで押し取る。黎木がたった今録音した音源を隣の部屋から流すと倉九は怯えた顔で、一方、上洲は冷然と聞き入った。


 程なくして曲が終わり、黎木が部屋へ戻って来る。智絵里と倉九は祈りのポーズを彼と上洲へ向けた。託された二人は見合った後、ほとんど同時に頷いた。


「及第点だな。まだ歌詞はないが、あとは編集でなんとかなるだろう。上洲はどう思う」

「私もいいと思うけど?」


 黎木と上洲の納得いく演奏が録音でき、祈っていた智絵里と倉九は抱きしめ合って小躍りを始めた。

 上洲は指を折り、何かを数えている。


「プレスも考えると編集時間はギリギリだねぇ」

「あぁ、頼んだぞ、元指揮者の卵」

「はー? 冗談でしょ?」

「冗談?」


 二人は暫し見合った後、上洲が「わーったわよ」と観念したように天を仰いだ。


 再び部屋を出て行こうとした黎木は、小躍りして揺れている倉九のロングスカートが気になった。

 スカートというよりかは、ここ最近の彼女の服装について違和感を持っている。


「そういえばお前、毎日着てたジャージは卒業したのか」

「あ、それは、り、臨時収入があって……」

「そうです! 服は全部私が選んだ!」


 智恵理は倉九の手を取り、姉妹のように仲睦まじく笑い合う。黎木は「そうか」と興味を失くし、代わりに割って入った彼女を睨んだ。


「パーカー、なんで最近楽器模倣ヴォカリーズを控え気味なんだ? お前の数少ない武器だぞ」

「えっ……そ、それはー、自分なりの歌い方を、模索中でして……へへ」


 智絵里は目線をばらまき、指をいじって倉九の後ろに隠れてしまう。


「まぁいい、早く歌詞を完成させろ。あと倉九、柔軟剤で誤魔化すな、風呂は毎日入れ」

「うっ、バレテーラ」


 彼は何か隠していそうな智絵里を鋭く射抜きながら、言いたいを飲み込んで出て行った。


          ♪


 三瀬は事務所の喫煙室で煙草を吸い、スマートフォンに送られてきた大会本選の予定表を見ていた。

 虫けらを眺めるように自身の出番をチェックしている最中、別のステージに出ている『スパイシーデスモヒート(仮)』を偶然見つけ「は?」と思わず口にした。


 急いで通話アプリを開き【潔癖女】とかかれた人物に連絡する。何度もしつこくかけていると、ようやく知久の声が通話口から届いた。


『病んでる彼女かよ。鬼コールしやがって、うっとおしい』

「どういうこと? ハーフのガキが予選通ってるんだけど?」


 知久は『あぁ、それか』と勿体ぶった。


『悪いが私は手を引いた。黎木他達がその気になったらエントリーの当否を調べられる』

「どういう事? リップスのクズに頼んで、問い合わせに答えられないようにしてあるはずよ」

『黎木はツリーレコードにコネがある。私が色々破棄した所でどこかに証拠は残るだろ。それに大手のリップスでも、より大企業のツリーレコードに開示しろって言われたら、なぁ?』

「コネ? なによそれ」

『上洲ってメンバーだよ。前に黎木とバンド組んでた女で、私は絡んだこともある。間違いねぇ、迂闊だったよ。上洲の身内が、ツリーレコードのお偉いさんなんだ』

「上洲……」


 三瀬は呟き、呆けた顔へ修羅の面を張り付けた。新曲の打ち合わせで名刺をもらった男のことを脳裏に浮かべる。上洲鼎人。思えばその時、CDに関係のない質問がたくさんあった。

 飄々と自分を出し抜いたらしい彼に強烈な苛立ちを覚える。


「ふざけんな! 何のためにリップスの変態野郎と寝たと思ってんの!? ヤってる時の動画まで取らせてやったのよ!」


 喫煙室の前をスタッフが通り、三瀬は背を向けて体裁を保つ。


『男の一人や二人変わらないだろ、どうせお前、百人以上に股開いてんだから』

「くそアマ……! あとで絶対地獄見せてやる、覚えときなさい」

『あぁ、覚えとくよ。横の繋がりは大事だからな』


 三瀬は「くたばれ」と言って電話を切った。スマートフォンを壁へ投げつけようしたが、思いとどまる。


「こうなったらとことんやってやるわ」


 投げようとしたスマートフォンの通話履歴から【ハメ撮りクソ野郎】とかかれた番号へ掛けた。

 煙草を灰皿に潰し、指の爪を激しく噛む。相手が電話に出た瞬間、声色を艶っぽく変えた。


「あ、私。うん。そう。ねぇ、今度いつ会える? またあなたと話がしたいなって……いいわ、うん、じゃあまた連絡する。楽しみにしてる」


 電話を切った途端、床に唾を吐いた。

 灰皿を取り床へ投げつけようとするが、一度冷静になり頭を掻き毟る。ボサボサの長い髪を振り回し、結局、灰皿を床へ叩きつけた。

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