第2話 大貫すゑ(九十四歳)

 おさるの神さまの石像は、「猿田さるたひこのみこと」と刻まれた石柱と見比べると、素人がひと目見ても、はるかに年季が入っています。江戸時代にはすでにあったとも言われています。石柱のほうは、昭和十年に追加されたことが郷土史の資料に記されています。


「じゃ、そろそろ撮影スタートしますんで。スタンバイお願いします。大貫さんも、いいですか?」


 テレビ局のスタッフの人が声をかけました。


「うい」


 大貫さん、と呼ばれた高齢のご婦人が、ほこらのうしろから姿を現しました。私もよく知っているおばあちゃんです。もう来てたんだ。


 手足はかくかく震えながらも、何と言っても黄色に染めた上にツンツンに立てた髪型がインパクト大です。


 祠の前で、レポーターを務めるスーツ姿のお姉さん、私、ツンツンイエローヘアの大貫さんの三人の立ち位置を決めて、撮影スタートです。朝の生活情報番組で三分ほど、映像が流れるそうです。生中継です。


 レポーターのお姉さんが話し始めました。取材班が今何県何市に来ているかといった説明の後、カメラが祠と私たちの方を向きます。


「こちらが今、動画共有サイトやSNSでぷちバズりしているという、あの猿の神さまをまつる祠、そして大学生の林さんと、昔から地元に住んでいらっしゃる大貫さんです。林さんは三代川みよかわ文化大学の『ミステリー現象研究会』というサークルの部長さんなんですよね?」


「はい」


「その『ミステリー現象研究会』では、宇宙人や超常現象のほか、各地に伝わる祟りや妖怪の話なども研究していまして、林さんたちの研究によると、この石像は、その昔この付近の村人たちに大変悪さをした『狒狒ひひ』という妖怪であると」


「はい、市の郷土史研究家の白川先生も、江戸時代中期に記された記録を根拠に、そうおっしゃってました」


「ちがうちがう」


 ここで大貫さんがご高齢に見合わぬ大きく張りのある声でカットインしてきました。御年九十四歳だそうです。


「こりゃあ、妖怪なんかじゃねえ。猿田彦命なんていう神様でもねえ!山と村人たちとの約束のシルシなんだ」


 待ってましたとばかりに、レポーターのお姉さんが大貫さんの抗議を巻き取りました。


「はい、大貫さんありがとうございます。そうなんです。先日、林さんがサークルの仲間と一緒にこの祠に来て、狒狒伝説に関する動画を撮影していたところ、その様子をご覧になっていた大貫さんが乱入してこられて、この祠の由来について、大論争になったんです」


 動画を撮影しに来ていたのは私とミステリー現象研究会の仲間で同学年の風間君の二人でした。私たちはこの祠の前で「狒狒」の伝説について語ると共に、現在計画中のショッピングセンター建設の影響で、この祠が取り壊される予定であることを伝えようとしていたのです。


 そうしたら、途中で大貫さんが現れて、この祠と石像の由来と意義について論争になってしまったのです。


 その動画を動画共有サイトにアップしたところ、皮肉なことに、狒狒伝説よりも、黄色く染めた髪をツンツンに立てた九十四歳のおばあちゃんの迫力がウケてしまったようで、再生回数は二十万回を超えてしまいました。


 レポーターのお姉さんは腰を低くして大貫さんに尋ねました。


「この石像は、妖怪でもないし神様でもないということですが、すると一体なんなんでしょう。そこをもう少し詳しく教えていただけますか?」

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