第7話

「やっぱり魔物の血は不味いわね〜」


 そんな感想を零しながら豪快にフォレストベアの血を啜るネクレシア。

 毛皮の匂いとか虫とか……気にならないのだろうか?


 シエナはそんなことを考える。


「ほら、あなたも突っ立ってないで、食べましょう?」

「……え?」


 毛皮も剥いでなければ、槍が刺さったままで血抜きもできていない。

 ――おまけに“生”だ。

 

 そんな状態の魔物に齧りつけと?


「……解体して焼かないんですか?」


 シエナの人間なら誰もが思うだろう疑問にネクレシアが首を傾げる。


「食べるんじゃなくて……火葬するの?」


 今度はシエナが首を傾げる。

 どうにも会話が噛み合わない。

 

 ――もしかして。


 血を啜って生きる吸血鬼には調理という概念がないのでは?

 なぜ会話が噛み合わないのか、シエナはその理由にようやく思い至った。


「ネクレシア様って料理とかってしますか?」


 吸血鬼であるネクレシアにとって料理は不要なものだった。

 調味料や食材を揃えるには町に出る必要がある。

 

 血さえあれば十分なのにそんなことに労力を割こうとは全く思わなかった。


「料理はしないわよ、必要がないから」


 ネクレシアは、それがなに?とでも言いたげな視線をよこす。


「えっと……人間は、生の肉を食べられないので焼いたりして“料理”をする必要があるんです」

「あら、そうなの?」

「はい」

 

 ――寿命が短いのにそんな下らないことに時間をかけるのね。


 ネクレシアはそう思いながら顎に指を添えた。


「このままじゃ、食べられないってことでいいのよね」

「はい、申し訳ありません……」

「謝らなくてもいいわよ、なら料理して頂戴。それで必要なものとかはあるの?」

「ナイフがあると嬉しいのですが……」


 ナイフが欲しい。

 シエナのその要望にネクレシアは腕組みをして少し考える。


「ナイフはないけど……」


 そう言った後、フォレストベアの胸の辺りからは生える槍を引き抜く。

 吸われ尽くしたのか、引き抜かれたところから血が吹き出すことはなかった。


 ――血抜きは大丈夫みたい。


 ネクレシアに毒されつつある思考にシエナは小さく戦慄した。

 その眼前に穂先から赤い雫が滴る槍が差し出される。


「これでもいいかしら?」

「え、えぇ?」


 王国の宝物庫の最奥に置かれていても違和感のない優美な槍。

 それを何の抵抗もなく、魔物の解体のために差し出すネクレシア。


「毛皮を剥いだり、肉を捌いたりしますけど……」

「自由に使いなさい」


 ネクレシアはそう告げたあと、自らの左胸を指し示し、猟奇的な笑みを浮かべる。


「無論――この槍でここを狙うのも大歓迎だわ」

「いえ、それは遠慮しておきます……」


 仮にシエナがそうしても、絶対に死なない。

 そんな不気味な自信が空気に滲む。

 シエナもそれを悟ると黙って槍を受け取ることにした。


 両手を差し出すと、ずしっとした重みが腕にのしかかる。

 その後、シエナは槍の穂先に近い根元の部分を両手で握るとフォレストベアのお腹に突き入れた。


 最初はナイフとの勝手の違いに戸惑っていたシエナ。

 だが、すぐに慣れると手際よく切り分けていく。

 ――あっという間にフォレストベアがただの肉塊へと姿を変えた。


「あとはこれを焼いていくのですが……」


 火はその辺の枝葉を集めて魔法で起こせばどうとでもなる。

 問題――は肉を焼くにあたり、鉄板なんてものは当然ないので串を作る必要がある。


 ――その辺の枝で良さげなものを探そう。


 シエナがそう思った時。


 ネクレシアがおもむろに大きな肉塊を掴みあげ、槍を突き刺した。


「これでいいかしら?」


 先端に赤身肉をくっつけて、まるで巨大なマッチ棒のようになった槍。

 それを掲げて首を傾げる銀髪の美少女。


 その光景にシエナは言葉を失う。


「えっと……その槍、使い方がすごく雑ですね……」

「ダメかしら?」

「王国騎士団では武器は自分の“存在意義を賭ける物”とされていて、決して雑な扱いはしてはならないと聞いたことがあるので……」

「へぇ〜」


 騎士道になどまるで興味がないような声を出すネクレシア。


「使える物は使えばいいのよ、この槍は頑丈さだけはあるから多少のことじゃ壊れないわ」

「は、はぁ……でも、そんなでっかいお肉、火を通すのにすごい時間がかかりますよ……」


 焚き火の火を絶やさないようにする必要があるし――

 ずっと槍を回転させ続けなければいけない。


 ――お腹を空かせながらそんな作業をやらなければいけないなんて……



「そんなの、ちゃちゃっと魔法で炙ってやればいいじゃないの」


  ネクレシアはそう言うと槍の先端へ向けて手のひらを向ける。


「フレイムストーム」


 そう唱えるのと同時に炎の渦が吹き出す。

 熱風が銀色の髪を揺らしネクレシアの口元が緩く弧を描く。

 

 その光景を見たシエナは顔を真っ青にして慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「何よ?今いいところなのに……」


 シエナは不満そうに手を下ろしたネクレシアに向けてズカズカと歩み寄る。

 そして顔の前でピンッと指を立てた。


「火力が強すぎます。それと炎はお肉に直接当てないようにしてください!」

「あら、そうなの?」

「そうなんです!お肉はデリケートなんです!」

「わかったわ……」


 ネクレシアはもう一度手のひらを向け、魔法を唱える。

 今度は先程よりも穏やかな炎が現れ、肉の周囲を優しく包むように渦を巻いた。


 細かな火力や焼き加減をシエナが指示を出してネクレシアがそれに合わせて調整する。

 そんなことを何度も繰り返し――太陽がてっぺんまで登った頃。


「できました……!」

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