第01話:チートスキル『タイムリープ』
「ばぶぅぅぅぅぅぅ!!(氷室せんぱぁぁぁぁぁぁいっ!!)」
異世界のあばら家。赤ん坊になった俺は、目の前の氷室先輩に必死に手を伸ばした。 先輩は赤い手帳を見ながら、少し困ったように眉をひそめた。
「ふむ。さすがに乳児では労働による返済は不可能か。効率が悪い」
先輩は手帳のページをパラパラとめくり、指を鳴らした。
「ここは一度、『リセット&ロード』を使うかな」
「ばぶ?(え?)」
視界が真っ白に染まり、強烈な浮遊感が俺を襲った。
***
「……先輩、すみません! お昼代650円貸してください!」
ハッと気が付くと、俺は会社の休憩室で、氷室先輩に頭を下げていた。
手にはぬるくなったカップコーヒー。窓の外には見慣れた日本の景色。
「……分かった」
氷室先輩は小銭を出し、慣れた手つきで『赤い手帳』を取り出した。
「2回目の10月24日、12時55分。昼食代、650円。本日追加分だ」
「あざっす!」
先輩は手帳に書き込みながら、静かに告げる。
「これで累計、41,300円だな。凡田君、返済は出来そうなのか?」
(……え? 41,300円?)
俺は違和感を覚えた。 借りた金は「40,650円」と言われた記憶がある。
それが、なぜか増えている。しかも先輩は今、「2回目」と言わなかったか?
(まさか……)
その瞬間、俺の脳内に記憶が濁流のように蘇った。 競馬での大敗。
500円玉。トラック激突。異世界奴隷。毒矢で死亡。 赤ん坊転生……。
(ぜ、全部思い出した! 俺、一回死んだんだ!)
(そして……時間は戻ってるのに、なぜか借金のカウントだけは
リセットされずに加算され続けているぞっ!?)
「ひぃぃぃぃ!!」
俺はその場にへたり込んだ。
「ひ、氷室先輩! 全部思い出しました! 俺、このあと競馬で負けて、
トラックに轢かれて死ぬんです!」
「ほう。記憶の継承は成功したようだな」
先輩は全く驚かず、淡々とコーヒーを啜っている。
「私が、『リセット&ロード』した。死に戻りは精神衛生上良くないからな」
「やっぱり先輩の仕業ですか! ていうか、助けてください! このままだと、
また俺はトラックに……!」
俺は涙ながらに氷室先輩の黒いスーツの裾にすがりついた。
「お願いします! 俺、死にたくない! 死ななければ、俺は『努力』して
借金を返せますから! 俺の運命を変えるチート能力を貸してください!」
「……ほう」
氷室先輩は、俺の「努力」という言葉に反応したのか、
赤い手帳のページをめくりはじめた。
「では、君の生存率を上げるためのスキルを貸し出そう。 ただし、
このスキルを悪用して被害が発生した場合の損害は、借金として計上する。
ルールを守って正しく使うようにな」
先輩は手帳の1ページをビリッと破り、俺に差し出した。
そこには『タイムリープ(10分)』と書かれている。
「この紙片をお守りのように持っていれば、念じるだけで10分だけ
時間を巻き戻せる。トラックに轢かれる直前に使えば、回避できるだろう」
「あざっす! あざっす!」
俺は紙片を受け取り、狂喜乱舞した。
(やった! これで死なずに済む!)
俺は意気揚々と会社を出た。 しかし、駅へ向かう途中、
俺の脳裏に悪魔的な閃きが降りてきた。
(待てよ……? トラックを回避するだけじゃ、借金は減らないぞ?)
俺はニヤリと笑った。
(『タイムリープ(10分)』があれば、レースの結果を見てから
馬券を買えばいいんじゃないか!?)
(そうだ! 週末、競馬場でレース結果が出た瞬間に発動! 10分前に戻って、
1着の馬券に全財産をブチ込めば、一攫千金だ!)
(見ててくださいよ氷室先輩! 俺の『努力(タイムリープ)』による
天才的な錬金術で、一発完済です!)
◆
そして運命の週末。競馬場。 俺はトラック事故を警戒してタクシーで移動し、
無事にゴール前の観客席にいた。
ファンファーレが鳴り響き、第7レースがスタートする。
(大穴が出るのは、確かこのレースだ! このレースに勝てば……俺はっ!)
デッドヒートの末、ゴール板を駆け抜けたのは、単勝100倍の大穴、
7番の馬だった!
「よし! 7番だ! 確定演出!」
俺は胸ポケットの紙片を強く握りしめ、念じた。
「頼むぜ!『タイムリープ(10分)』!!」
ぐにゃり、と視界が歪む。 周囲の歓声が逆再生され、気が付くと、
俺は10分前の、レース開始直前の喧騒の中に立っていた。
「ヒヒヒ…笑いが止まらん」
俺は馬券の自動販売機に猛ダッシュし、全財産を握りしめ、「7番」の
単勝馬券をありったけ購入した。
(完璧だ! さらば借金! さらば社畜! こんにちは俺のゴールドライフ!)
再びファンファーレが鳴り響く。俺は余裕の表情で腕を組んでレースを見守った。 (さあ、7番! 俺の借金返済ドリームを乗せて走れ!)
ゲートが開く。 しかし、レースの展開は、さっき(10分後の未来)と
明らかに違っていた。
さっきは最後方から虎視眈々と追い込んできたはずの7番の馬が、
なぜかスタート直後から猛ダッシュをかけ、先頭に立ってしまったのだ。
「え? あれ? おい7番、飛ばしすぎじゃね?」
第3コーナー。7番の馬は完全にスタミナ切れを起こし、失速。
ズルズルと後退し、結果はブービー(最下位から2番目)だった。
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は(今やただの紙切れとなった)馬券を握りしめ、その場に崩れ落ちた。
(なんでだ!? なんで未来が変わってしまったんだ!?)
呆然とする俺の背後から、静かな声がした。
「やあ、凡田君。順調に『努力』しているようだな」
振り返ると、いつもの黒いスーツ姿の氷室先輩が、
なぜか競馬場の隣の席に座っていた。 手には赤ペンと競馬新聞を持っている。
「ひ、氷室先輩!? なんでここに!?」
「君が『努力』の成果を出すところを見届けに来た。……ところで凡田君」
氷室先輩は、赤い手帳をスッと開いた。
「君が『タイムリープ』を使ってこの時間軸に割り込んだ際、
君の『金への執着』という邪念が強すぎて、一種の威圧感(プレッシャー)として
会場に広がってしまったようだ」
「は、はい……?」
「その邪念に当てられた7番の馬の騎手が、
『なんだか背筋が寒い! 早くゴールして楽になりたい!』とパニックになり、
無謀な先行逃げを打って自滅したようだな」
「えええええ!?」
俺の欲望が、騎手をビビらせて負けさせた!?
「その結果、君の知っていた未来は消滅した。当然だな」
先輩は手帳を閉じ、俺の肩をポン、と叩いた。
「『努力』も、やり方を間違えると更なる借金を生むという良い教訓になったな。
歪めてしまった歴史は修正しておくが……」
先輩は、冷徹な目で俺を見た。
「『トラック事故回避』という本来の目的以外での悪用。 および、
時空干渉による歴史改変ペナルティとして、借金に10,000円加算だな」
「氷室せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
俺の悲鳴は、最終レースのファンファーレにかき消された。
先輩は、赤い手帳に「時空干渉ペナルティ:10,000円」と万年筆で追記する。
俺の借金は減るどころか、さらに膨れ上がったのだった。
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【作者あとがき】
お読みいただきありがとうございます! タイムリープで借金増額!?
凡田君の明日はどっちだ!?
少しでも「ドンマイ!」「面白い!」と思っていただけたら、
ぜひ★★(星)とフォローで応援をお願いします!
(次回、チートスキルで凡田君が物理的に分裂します!)
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