社畜の俺、経理部の魔王から『最強の福利厚生(チート)』を前借りする。 ~残業回避に「異次元収納」、会議対策に「全属性魔法」。伝説のスキルを無駄遣いして、今日も先輩に怒られる~

@cross-kei

第01部:日常編(全09話)

第00話:プロローグ

「先輩、すみません! お昼代650円貸してください!」


会社の休憩室。俺は、経理部のクールなイケメン・氷室(ひむろ)先輩に、

土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。


「……分かった」


氷室先輩はため息一つこぼさず小銭を出し、黒いスーツの胸ポケットから一冊の

『赤い手帳』を取り出した。


「10月24日。昼食代、650円。本日追加分だ」 「あざっす!」

先輩は手帳にサラサラと万年筆で書き込み、静かに告げる。


「これで累計、40,650円だな。凡田(ぼんだ)君、返済は出来そうなのか?」


「もちろんです! ネットで評判の『私が見た未来の競馬』という予言の書を買ってありますんで! これが当たれば4万なんて一瞬ですから!」


「…そうか。まぁ、夢を持って努力するのは良いことだ」

氷室先輩は赤い手帳を静かに閉じた。


(こんな俺でも、氷室先輩だけは、いつも信じてくれるんだ。今回こそっ!)


……その週末。 俺は競馬で大負けし、帰り道、車道に落ちた500円玉に目がくらみ、トラックにはねられて死んだ。



「ヒヒヒ、いいモルモットが手に入ったぜ」

「異世界からの転生者だ。高く売れるぞ」


気が付くと、俺は薄暗い牢の中にいた。

目の前には、薄汚い中世風の奴隷商人たちが、俺を値踏みしている。


(うそだろ!? 異世界転生したと思ったら、即奴隷!?)


「誰か……誰か助けてくれぇぇぇ!!」

俺が鉄格子を握りしめて絶叫した、その時。


カツ、カツ、と。 石造りの地下牢には似つかわしくない、革靴の音が響いた。


「やあ、凡田君」

「……え?」


そこに立っていたのは、埃一つないいつもの黒スーツ姿。

鮮やかな赤い手帳を片手に持った、氷室先輩だった。


「ひ、氷室先輩!? なんで異世界の地下牢に!?」

「なんで、とは?」


氷室先輩は心底不思議そうに首をかしげた。

「今日はまだ、借金の催促をしていない。私がここに来る要件は他にないだろう。40,650円、返済は出来そうなのか?」


「先輩! 助けてください! 俺、奴隷にされちゃって、お金を返せませんよ~!」

泣きながら鉄格子に掴みかかった、その時。


「あぁ? 何だテメェは!」

商人の一人が、巨大な斧を振りかぶり、氷室先輩に襲い掛かる。


(あぶないっ!)


だが、氷室先輩は手帳から目を離さぬまま、その刃を人差し指一本で受け止めた。


「なっ!?」


「凡田君が返済しようと頑張っているんだ。その邪魔は、やめていただこう」

先輩は胸ポケットから赤い手帳を取り出し、淡々と語り始めた。


「私は知人の『神』に金を貸している。その見返りに、

『物理無効』のチートを貰っている」


「は……?」


(先輩、神様にも金貸してるの!? 俺の4万より規模がヤバいじゃん!)


商人が呆然とする中、先輩は赤い手帳をパラリとめくる。


「それから、知人の『邪神』にも金を貸していてな。

『時空間制御』チートも貰っている」


先輩がパチンと指を鳴らすと、奴隷商人たちは悲鳴を上げる間もなく、

服だけを残して異空間へ消滅した。


「先輩! 助かりました! 奴隷から解放されたので、冒険者として

ドラゴンを倒し、お姫様と結婚して、この国の王になってお金を返します!」


牢から解放された俺は歓喜した。この最強の先輩がいれば、異世界無双も余裕だ!


「…そうか、夢を持って努力するのは良いことだ」

先輩が手帳を閉じた、その瞬間。


ドスッ。


「がはっ……」

物陰に潜んでいた残党の毒矢が、俺の心臓を貫いた。


(……え? ウソ……俺の異世界ライフ、開始5分で終了……?)



――そして、俺は三度(みたび)、生を受けた。


目を開けると、そこは異世界の片田舎。優しい老夫婦に抱きかかえられていた。

どうやら俺は、赤ん坊として転生したらしい。


(スローライフ系の世界観かな。今度こそ……今度こそ安全に生きて、

一攫千金を……!)


コン、コン。 あばら家のドアがノックされた。


「どちら様かな?」


老父がドアを開けると、そこには逆光を背に、

赤い手帳を広げて佇む黒スーツ姿の男。


「やあ、凡田君」


氷室先輩は、赤ん坊の俺を見下ろし、いつもと変わらぬ涼しい顔で言った。


「今日はまだ借金の催促をしていなかっただろう。

40,650円、返済は出来そうなのか?」


「ばぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!(氷室せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!)」


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【作者あとがき】

お読みいただきありがとうございます! 異世界に転生しても、

赤ん坊になっても追いかけてくる借金取り。

死んでも逃げられない借金生活(コメディ)の幕開けです。


「面白そう!」「先輩の執念ヤバいw」と思っていただけたら、

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(星をいただけると、凡田君の寿命が少し延びるかもしれません!)

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