第7話 【別視点】リオル・アルベルト

「そんな趣味はないよ。僕の腕が痛むからね」


 ”そう言ってる奴が一番ヤバい”という顔をしている。


 正解。よくわかってるじゃないか。


 僕がくすくすと笑うとレオはまだ疑いの目を向けてきたが、やがて肩の力を抜いた。


「へぇ、じゃあ俺は安全ってわけか?」


 大きく欠伸をしながら暖炉のそばで、猫みたいに丸くなる。


「あー……それにしても暖かくて超快適だな。まるで天国みたいだ……」


 数時間前はあんなに威嚇してたのに、名を与えて少し躾けただけでこんなに効果があるとは思わなかった。


「寝るならベッドで寝てよ。明日からは礼儀作法を徹底的に叩き込むから、覚悟しておいてね」


 金髪の隙間から覗く耳がぴくりと動いた。不服そうにベッドに移動し、ちょこんと座って僕を睨む。目線が同じなのが少しムカつく。


「なんだよそれ!? そんなこと……聞いてないんだけど……」


「だって最初に言ってたら反発したでしょ?」


 そう、あの時はまだ話す段階じゃなかっただけだ。


「チッ、まじで……あー、めんどくせぇ」


 ぶつぶつ言いながらも苛立ちは少し控えめになっていた。


 本当に正直なやつ。主人に媚を売ろうとも思わないんだな。本音を隠さず口に出したり、態度にも表れるからやりやすい。だからといって甘やかすつもりは微塵もない。


「そういう約束だよ。またあの場所に戻りたいの?」


 こういう時は少し声を低くするだけで効果は絶大だ。レオの耳がしゅんと垂れる。


「……それは嫌だ」


 俯いたまま小さく呟いた言葉の奥に、過去の傷がにじんでいた。時々見せる怯えた顔と体の傷。手錠の跡だって消えない印みたいにくっきりと残っている。


 はぁ……不愉快だな。


 どうしてあれで支配できているつもりだったんだろう。到底理解できない。


「仲間も助けないといけないんだ、やることはいっぱいあるでしょ?」


 微笑みかけ適度に希望も与えてやる。僕はあいつらと違う方法でレオを手にいれる。


「……っ! そうだよ!! ご主人様が手伝ってくれりゃ、あいつらを助けられるよな!」


「うん、そうだね! 僕も頑張るよ。だからレオも一緒に頑張ろうね」


 わざとらしくレオの手をぎゅっと握った。傷だらけの大きな手を僕の小さな手が包み込む。レオは恥ずかしそうに耳を赤くして、すぐに手を離した。


「で、でもよ……俺は具体的には何すればいいんだ?」


「そうだね。まずは僕の側にいても恥ずかしくないように礼儀作法……つまり、食事の仕方や言葉遣いまでしっかり身につけてもらうよ!」


「礼儀作法? ふん、そんなの必要ないね! 俺の礼儀は完璧だ!」


 レオは立ち上がり、誇らしげに胸を反らし鼻で笑った。


 ……堂々と何を言ってるんだこいつは。


「もともとは高貴な血筋だったんだからな!」


 高笑いまで始めた。冗談かと思ったがどうやら本気らしい。


 頭を掻いてため息をついた。しょうがない、今のうちに現実を知ってもらわないと。


「……その血筋はここでは役に立たないよ。役に立つのは獣人特有の身体能力の高さだけかな〜」


 明るく笑いながら現実を突きつけた。レオが傷つくことも承知の上で。案の定、レオはショックを受けたようで黙り込んで呆然と床を見つめた。


 琥珀の瞳に金の髪を持つ……“黄金の獣”。その存在は珍しく、僕自身も本でしか見たことがなかった。まさかレオがその黄金の獣だったとは。だが、俺の側に置く以上そのプライドは捨ててもらわないと。


「じゃあ……ここでの俺は価値がねぇってことか…?」


 そのつぶやきを最後に沈黙が部屋を支配した。


 レオが何か言おうとして口を開いた。その時――耳がぴくりと動き勢いよく顔を上げる。


「ご主人様、何か物音が……」


 言い終える瞬間。


 ――ガシャン!!!


 窓ガラスが割れる音と同時に一本の矢が僕に向かって飛んでくる。


「リ、リオルッッ!!!」


 叫びながら僕に手を伸ばす。


 ……あぁ。違うだろレオ。


「レオ、”ご主人様”でしょ?」


 僕は笑みを浮かべ矢を指でつまみ上げていた。頭を貫く矢だ。


「木製かぁ……せめて鉄製にしなよね」


 窓の側にいた暗殺者が「う、嘘だろっ……」と震えていた。


 僕が掴んでいた矢を軽く投げると、暗殺者は何の声も上げずに崩れ落ちていった。


「な、なんだよ。今の……」


「言ったでしょ? 僕は狙われてるって。まだ信じてなかったの?」


 レオは腰を抜かして固まっている。

 まあ当然か。初めて目の前で“殺し”を見たようだし。しかも、殺したのは僕だからね。


 ドアの向こうからノック音がして、執事が顔を出した。


「坊っちゃま、今の音は……」


「いつものだよ! 下に落ちたみたいだから、片付けお願いね!」


「かしこまりました」


 一礼して執事が去ると、再び視線を戻した。レオはまだ動けずに尻尾も耳も完全に垂れ下がっている。僕を見るレオの目は少し戸惑ってることが読み取れた。


「大丈夫? 驚いちゃったかもしれないけど、このくらい慣れてもらわないと困るよ……もしかして、怖くなっちゃった?」


 レオは息を呑み震える声を絞り出した。


「リオルは……いつもあんな風に狙われて……?  矢を素手で掴むなんて……お、お前は獣人か?」


「……人間だよ。他の人よりちょっと強いだけ。あれくらい出来なきゃ、すぐ殺されちゃうよ?」


 笑顔でそう告げる僕は傍から見れば異常者だろう。でも、これが僕だ。


 本当なら、もっと時間をかけてレオを慣らす予定だったのにーー計画が狂ったな。


 レオの前に屈み目線を合わせる。


「ねぇ、逃げたいんでしょ? 僕、そういう顔……すぐわかるよ」


 レオはビクッと肩を揺らし俯いた。

 僕はレオから目を逸らさない。


 ――さあ、どう出る?レオ。


 しばらくしてレオは顔を上げ、尻尾がまるで戦いに挑む獣みたいに立ち上がった。沈んでいた表情は消え、金髪の隙間からのぞく琥珀色の瞳が金色の炎のように揺らめいていた。


「ご主人様のことまだ何も知らねぇけど……次は、俺が守る!!」


 …………守る?


 あまりに真っ直ぐで、予想外すぎる言葉に思わず笑い声がこぼれた。


「ふふっ……ははは! そんな言葉を聞くなんて思わなかったよ」


「なっなんだよ、笑うんじゃねぇ!!」


 面白すぎる。期待以上だ。

 思わず大きな声で笑ってしまった僕を、レオは不機嫌そうに睨んでいる。


「ごめん、初めて言われたからさ。わかった……レオの価値は、僕が作り出すよ」


「おうよ、ご主人様。礼儀だろうがなんだろうが任せとけよな!」


 この選択に間違いはなかった。


 レオ、君を育ててやる。しっかりついてこいよ、僕に――。

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