第2話 消失



 事件から一週間。学校は表面上、いつも通りに戻った。


 でも、何かが変わっていた。麻衣の席が空いている。


「麻衣、今日も休み?」


「ああ……」優菜がささやいた。「50切ったらしいよ」


 50以下。それは社会からの排除を意味する。


 スコアが50を切ると、ほとんどのサービスが利用できなくなる。就職先はない。進学もできない。賃貸契約も結べない。


 そして、最も恐ろしいのは――人々の記憶から消えていくこと。


「麻衣?誰だっけ?」


 クラスメイトの一人がそう言った。本当に思い出せないような顔をしている。


「え、麻衣だよ。ほら、この前まで隣の席にいた……」


でも、みんな首を傾げるだけだった。


 私は麻衣にメッセージを送った。でも、既読にならない。電話をかけても繋がらない。


 家に行ってみることにした。



 麻衣の家は、いつも通りそこにあった。


「警告:低スコア者との接触を検知しました」

 インターホンを押す。応答がない。もう一度押す。


「はい……」


 か細い声。麻衣だ。


「麻衣?私、美羽。開けて」


 長い沈黙の後、ドアが少し開いた。


 そこにいたのは、別人のような麻衣だった。髪はボサボサで目の下には深いクマ。頬はこけていた。


「美羽……なんで来たの。私みたいな低スコアと関わったら、美羽のスコアが……」


「そんなの、どうでもいいよ!」


 嘘。本当は、ここに来るまで何度も躊躇した。スマホには警告メッセージが表示され続けている。


「ありがとう。でも……もう遅いの」


 麻衣が見せてきたスマホ画面には、スコア「30.7」の文字。


「アカウントBANされたの。新しく作ってもすぐに削除されるし、投稿もできない……」


「そんな……」


「お父さんも、お母さんも、私のこと忘れ始めてる。今日も私の朝ごはん無かった」


 麻衣の声は震えていた。


「これが、スコアシステムの真実なの。低スコアになった人間は、社会から消されていく。ネットの世界だけじゃない。物理的にも、存在しなかったことになる」


「そんなの、おかしいよ!」


「おかしいけど、みんな受け入れてる。だって、高スコアでいる限り自分は安全だから」


 その時、私のスマホが震えた。


「警告:あなたのスコアが3.8ポイント低下しました。低スコア者との接触を中止してください」


 手が震えた。3.8ポイントは大きい。


「ほら、見た?早く帰って。お願い」


 麻衣がドアを閉めようとした。


 ……私はその手を掴めなかった。



 家に帰ると、スコアは82.1まで落ちていた。


「美羽、何してたの!スコアが下がってるじゃない!」


 母が叫んだ。父もリビングから厳しい顔で私を見ている。


「友達が……困ってて」


「友達?低スコアの子のこと?」


 父の声は冷たかった。

「いいか、美羽。この社会で生き残るには、スコアを維持しなければならない。低スコアの人間に関わるな」


「でも……」


「でももなにもない!」


母が泣き出した。

「あんたのせいで、私たちまでスコアが下がったらどうするの!家族全員で破滅したいの!?」


 その夜、私は眠れなかった。


 スマホを見ると、フォロワーからのメッセージが大量に届いていた。


「美羽ちゃん、スコア下がってたけど大丈夫?」


「低スコアの人と関わったの?気をつけたほうがいいよ」


「心配してます。でも、私もスコアがあるから……ごめんね」


 みんな、私を心配している。でも、誰も本当には助けてくれない。


 窓を見ると、綺麗なはずの月明かりが妙に不気味にうつって見えた。


 この世界は、いつからこんなに歪んでしまったんだろう。

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