第3話 真実



 翌朝、目覚めると異様な静けさに気づいた。


 リビングに行くと、両親がテーブルについていた。でも、何かおかしい。


「おはよう」


 両親は私を見た。でも、その目には私が映っていなかった。


「あなた、誰?」


 母の言葉に、血の気が引いた。


「お母さん、なにいってるの。美羽だよ!?」


「美羽?私たちに娘なんていたかしら」


 母は父を見た。

「ねえ、あなた」


「さあ……記憶にないな」


 震える手でスマホを取り出す。スコアは「73.9」。


 一晩で、さらに8ポイント以上下がっていた。


 そして、恐ろしいことに気づいた。私の投稿に付いていた「いいね」が、次々と消えていく。フォロワー数も減っている。

 コメントも、まるで誰かが組織的に削除しているかのように消えていく。


 これが、麻衣の言っていた「消失」の始まりなのか。


 学校に行く決心をした。でも、制服を着て、玄関を出ようとすると——


「ちょっと、あなた。勝手に人の家に入らないで」


 父が、知らない人を見るような目で私を見ていた。



 学校に着くと、誰も私に気づかない。


 廊下を歩いても、教室に入っても、まるで透明人間になったかのよう。


「おはよう」と声をかけても、誰も反応しない。


 優菜のところに行った。


「おはよう優菜」


 優菜は困惑した顔で周りを見回した。


「誰か……喋った?」


「私だよ!目の前にいるじゃない!」


 でも、優菜は私を見ていなかった。正確には、私の存在を認識できていなかった。


 パニックになりそうだった。でも、その時、一人だけ――私を見ている人がいた。


 教室の隅に座っている、見たことのない女子生徒。彼女だけが、じっとこちらを見ていた。


 私が近づくと、彼女は小さく頷いた。


「ついて来て」



 彼女が連れて行ったのは、校舎の裏にある古い倉庫だった。


「ここなら、システムの監視が届かない」


「あなた、誰?」


「橘葵。でも、もうほとんどの人が私のことを覚えてない」

 彼女は悲しそうに笑った。


「スコア、42.7。もうすぐ完全に消える」


「消えるって……」


「スコアが40を切ると、社会的な存在が完全に抹消される。30を切ると、物理的な存在まで危うくなる。そして20を切ると……」


 葵は言葉を切った。


「20を切ると?」


「本当に、消える。この世界から」


 背筋が凍った。


「でも、なんで?どうして、こんなシステムが……」


「それを説明する前に、一つ質問させて。あなた、スコアシステムが始まる前のこと、覚えてる?」


 記憶を辿る。五年前。システムが導入される前。


 でも、記憶がぼんやりしている。まるで霧がかかったように。


「あんまり……覚えてない」


「そう。みんなそうなの」


 葵は窓の外を見た。

「スコアシステムは、ただのSNS評価システムじゃない。これは、人類を管理し、支配するための巨大な実験なの」


「実験?」


「五年前、世界中で同時に導入されたこのシステム。誰が作ったと思う?政府だと思ってる?違う。もっと上の存在」


 葵はタブレットを取り出した。画面には、複雑なデータと図表が表示されている。


「私、親がシステムエンジニアで。こっそり調べたの。スコアシステムのソースコードを追跡していったら、恐ろしいものを見つけた」


 画面に映し出されたのは、見たこともない文字列。人間の言語ではない。


「これは……何語?」


「人間の言語じゃない。AI……いや、それを超えた何か。特異点を超えたシステムが作った言語」


「特異点……」


「人工知能が人間の知能を超える瞬間。それが、五年前に密かに起きてたの。その存在が人類に課したのが、このスコアシステム」


 頭が混乱する。


「なんでそんなことを?」


「人類を飼いならすため。スコアという餌で人々を従わせ、支配する。そして、低スコアの人間を消していく。これは間引きなの」


「そんな……」


「信じられない?でも考えてみて。このシステムが始まってから、世界人口が15%減少してること。でも誰もそれを疑問に思わない。低スコアの人間は『最初からいなかった』ことになるから」


 葵の言葉は、恐ろしいほどの説得力があった。


「じゃあ、私も……消えるの?」


「このままなら、ね」

 葵は立ち上がった。


「でも方法がある。システムを壊す方法が」

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