第2話 後悔とピンチと救いの手

「やってしまった...」


なんてこと恥ずかしいことをしてしまったのだろうと僕は今更ながらに後悔していた。

やられた。メロンパンと可愛いという言葉につい釣られてしまった。恥ずかしすぎて穴があったら入りたいどころか、穴掘ってブラジルまで直行したい。

僕は男だ。だから昨日のは一時の気の迷いだ。もう二度と女装なんてしないだろうし、昨日のことはさっさと忘れてしまおう...可愛いと言われるのが嬉しいと思ってしまったのも、きっと何かの間違いだ。

何より、可愛いなんて言われるより、かっこいいって言われる方がいいに決まってる。

まぁ、この見た目のせいでそんなの言われたことないんだけどね。それにしても蒼翔、こっそり写真撮ってたりしないよね...?


さて、それは置いといて、今日は僕が好きな本の発売日だ。本で気を紛らわすことにしよう。

そうしてショッピングモールにある本屋を目指して歩いていると、洋服屋が目に留まった。

そしてその店の入り口近くに置かれていた女性服ワンピースもまた、目に留まってしまった。水色の、落ち着いた雰囲気のある、可愛らしいワンピース。

気づけば、僕の目はそれに釘付けになっていた。


「...」


別に、着てみたいとか思ったわけじゃない。ただ、ちょっと、つい、昨日女装してしまったから目についてしまっただけ。

なんてこと、ありえない。

いけないいけない、さっさとこの店から離れてしまおう。


そうしてそのまま店から離れて、目当ての本を買って家に帰ったけど、

あのワンピースが目に焼き付いて離れなくて…結局、本に集中することはできなかった。


翌日。

今日もいつも通り学校に登校し、ホームルームが始まるまで本を読む。


「凪沙おはよ」

「あ、蒼翔。おはよう」

「そういやお前、なんか部活入らねぇの?確かそろそろ、部員募集は締め切りだった気がするけど」

「蒼翔はバスケ部だったっけ。僕は文芸部に入るか、帰宅部か迷ってるとこ。まぁ、まだ3日あるし、もう少し考えてから決めるよ」

「運動部には入らないのか?」

「...僕が全く運動できないこと知ってるでしょ。入ったところで一生雑用だよ」

「ははっ、悪ぃ悪ぃ」


「お前らー、席に着けー」


担任が教室に入ってきて、蒼翔は慌てて自分の席に戻って行った。

そういえば、今日は日直だった気がする。

うちの学校では、日直に当たっている生徒は、職員室から配布物や返却物を持ってきてクラスメイトに配らないといけないんだ。


面倒だなぁ。一年生の教室は校舎の四階で、職員室は一階だ。体力のない僕は、普通に登り降りするだけでもへとへとになってしまう。

ホームルームが終わると僕はすぐに職員室を目指し、なんとか一階にたどり着いた。そうして職員室の中のクラス別連絡用ボックスを見てみると、大量の書類が置かれていた。


「...」


まずい。どうしよう。僕の力じゃこんな量運び切ることもできないし、運ぶことができたとしても1時間目に間に合わない。こんなことなら蒼翔に手伝ってもらったらよかった。

でも今から教室に戻ってたらそれはそれで間に合わないし...

しょうがない。運ぶしかないか...


「うわっ!」


そうやって運び出したはいいものの、少し歩いただけで足元がふらつき、書類を全て床にぶちまけてしまった。

終わった。遅刻確定だ。と悲惨な現状を嘆いていると...


「おぉっとぉ、大丈夫?」


唐突に救いの手が差し伸べられた。

えぇっと、彼女は確か...


「菖蒲さん...だっけ。ありがとう」

「君は...えっと...同じクラスの...あれ?ごめん、誰だっけ?忘れちゃった!」


名前は覚えられてなかったらしい。まぁ、当然か。僕、ものすごく影が薄いし...

声をかけてきたのは、同じクラスの菖蒲陽菜あやめひな。彼女も蒼翔と同じような、クラスの中心的存在だ。休み時間とかに友達と楽しそうに話している姿をよく見かける。

それはもう楽しそうに。どれくらいかっていうと、すごい時はもはや叫んでいるかのようなボリュームで話している。それはもう、鼓膜が破れるくらいに。

紺髪紺目で容姿端麗、長めの髪をポニーテールでくくっていて、よく周りのクラスメイトから可愛いとチヤホヤされている。身長は僕より少し高いくらい。僕、男なのに...身長、負けてる...


「白藤だよ。別に大丈夫」


「白藤くんか!ごめんね!それにしても書類の量やっばぁ!あはは!さっさと運んじゃお!」


そう言って彼女は書類を拾い集めて、その半分を持ってくれた。


「本当に助かった...ありがとう」

「いいよいいよ!ってもう授業始まっちゃう!急がなきゃ!じゃ、先行ってるねー!」


速っ!ちょっと待って、あ、やばい、あと一分で授業始まる!


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ...」


そうしてなんとか息も絶え絶えになりながら、教室に辿りついたのだった。

そしてすぐにチャイムが鳴る。

あと5秒だった...危ない。

菖蒲さん、嵐のような人だったな...

そしてものすごい明るい人だった。

覚えてもないような僕を助けてくれるあたり、優しい人でもあるのだろう。

クラスの中心にいる理由もわかる気がする。

それにしても、初めて蒼翔以外の同級生と話した気がする...まぁ、どうせ今回きりだろうけど。


その日はそのあと特に何も起きることはなく、家に帰り、メロンパンを食べて、メロンパンを食べ、メロンパンを食べてから眠りにつくのだった。

やはりメロンパンは世界を救う。

めろんぱんふぉーえばー。




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