3話 青空の日

「ねえ聞いて。身長伸びた」

「……急にどうした?」

 

 ある日、凛音が昼食のパンを頬張りながら言った。パンといっても既製品ではなく、凛音の兄が作ったらしいふっくらサクサクのメロンパンだ。なぜ知っているかって?

 

「兄さんのこだわりのメロンパンだよ?」

「俺の心を読むな。自慢するなら一口くれよ」

 

 凛音は首を横に振った。また今度ね、と棒読みの回答が返ってくるばかりだ。

 

「三ミリ伸びたんだ。もうすぐ、太郎に追いつくね」

 

 凛音は話を戻した。俺の身長は百六十八cm。高くはないが、俺も高校一年の男子だ。まだまだ伸びるはず。多分だが。

 

「凛音は今何センチなんだ?」

 

「百五十センチになった。大人の女」

 

「大人の女は三ミリ程度で威張らない気がするんだが」

 

「気のせい。太郎と違って、私はもっと伸びる」

 

「男女の差を考えろ。普通逆だ」


 凛音は黙ってしまった。不機嫌になったのか、そっぽを向いて口いっぱいにメロンパンを頬張った。口を何度か動かして、俺の方に視線を向けた。

 

「このメロンパンは世界一美味しい」

「機嫌直るの早すぎだろ」


 俺の指摘に凛音は知らん顔。あっという間にメロンパン食べきり、鞄をゴソゴソと漁った。中から取り出したのは野菜スティック。それをぐるぐる回し、よく観察して、嫌そうに眉を顰めた。

 

「太郎、誕生日プレゼント」

「俺の誕生日は前月だ。そして自分で食え。身長伸ばしたいんだろ?」

 

 身長を伸ばす。その言葉に反応して、凛音は野菜スティックからきゅうりを取り出し、目を瞑って口に運ぶ。

 うぐー。そんな擬音がつきそうなくらい、嫌そうに口を萎めた。目には雫が溜まっている。


 凛音は食べかけのきゅうりを俺に差し出した。

 

「……太郎、食べないと大きくなれないよ。ほら、お食べ?」

 

「だから自分で食え。てか一口で諦めんな」

 

「だって……体が拒否している。農家さんには申し訳ないなと思うけど、これは無理。人が食べるものではない」

 

「散々な言いようだな。きゅうりなんてほとんど味しないだろ」

 

 なら食べてよ――そんな圧のこもった目を向けられたが、俺は無視。黙ってコンビニのパンを食べ勧めた。

 

 チラと横目に見ると、凛音は顔を顰めながらも頑張って食べていた。咀嚼のスピードが遅すぎるため、食べ終わるころには夜になっているのではないだろうか。

 

 嫌なら残せばいいのに。凛音は意外にも真面目だ。


 その様子を眺めていたかったが、チャイムが鳴りそうだった。俺はパンの袋を手に持ち、ドアの方に足を動かす。


 野菜と格闘している凛音に、お決まりの挨拶を口にした。


「また会えたら会おう」

 

「また会いにきてね。……そして私の野菜を食べて……」

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