第3話

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 短いような長いようなリコとの放課後のひと時が終わって、ちょっと気が抜けていた。

 呼び出された理由に心当たりがあったとはいえ、クラスの人気者からの直々の呼び出しとか、やっぱり緊張していた。

 とりあえず、自分の役目は終わったな、と思いながらも今度はゆうのことが気に掛かった。

 日比野勇ひびのゆう──幼馴染というほどではない。けれど古い付き合いの男子。勇もまた学校ではちょっとした有名人であったので、リコが目を付けるのもどこかで分かっていた。

「でも勇みたいなタイプは好みじゃないと思っていたんだけどなあ。意外だ」

 勇は手芸部に所属している。ポーチとかハンカチとかを縫ったりしているようだ。何度か材料の買い出しに付き合わされたことがある。

 男がそういう店に行くのが恥ずかしいから、という理由ではない。むしろそういう系統の店が似合う男子なのだ、勇は。

 つらつらとそんな事を思い出しながら廊下を歩いていると、手芸部の部室前に来ていた。廊下にまで部室の中の活気が伝わってくる。

 あたしは部外者なので部室内に入ることはせず、こっそりと中の様子を伺う。

「あ〜、やっぱりなあ」

 机を四つほどくっつけ合って、その上に生地やら裁縫道具やらが置かれている。そんな簡易作業台が室内には四つほどあるのだが、一番賑わっているところが一箇所。

 取り囲む女子部員の陰に隠れて中心にいる人物は見えないけれど、そこにいるのは間違いなく勇だ。

「相変わらず、凄い人気だなあ」

 日比野勇という勇ましい名前とは裏腹に、まるで女性のような顔立ち。それも童顔。コンプレックスは顔立ちと身長。150センチ台で細身と、お前本当に高校生か?と疑いたくなる容姿。なんならあたしより可愛い。チクショウめ。

 勇に群れている女子たちは、きっと恋愛感情というより、弟を愛でる一種の母性本能なんだろう。勇、お前が守る側だろ、と言いたくなるけど、保護欲をそそるのだ、アイツは。

 リコの付き合った男子をハッキリと把握していないけど、なんとなくスポーツなどで鍛えた男子が好みと思っていた。むしろ勇のような中性的な男子は嫌っているとさえ思っていたけど、好みが変わったのか、それとも黒雪姫さえも惑わす勇の魅力なのか。

 まあ、黒雪姫はしっかりとしているから、彼女が勇を引っ張っていけば、お似合いの二人かもしれない。少なくとも二人並んでいるところは見てみたい気さえする。

 そんな感慨に耽っていると、カツーン、カツーンと足音が響くのが耳に届いた。

 反射的に部室前から離れ、身を隠す。この歩き方、足音の主に心当たりがあるからだ。

 物陰からそっと顔を出してみると、やはりリコだった。ためらいなく扉を開け、入っていく。

 さっきまでとは違った種類の喧騒けんそうが巻き起こり、カツーン! と、恐らくはリコが意図的にローファーの踏み鳴らした音を合図にしたように、室内は静まっていった。

 そしてまた扉が開き、リコが勇を連れ立っていくのを、あたしは胸を押さえながら見ていた。

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