診療前対応評価システム
羽国
診療前対応評価システム
「遼子さん、最近咳が出ていかん。病院に行った方がいいかのぅ?ゴホッゴホッ」
真っ白な髪をした老人、三浦拓海は自らの腕時計に向けて話しかける。質問をしている間にも絶えず咳が出ている。
『わかりました、拓海さん。PRESを行いますね。私の質問に答えてくれますか?』
腕時計からは落ち着いた女性の声が響く。まるで本物の人間のようだ。
「ああ、頼むよ」
『それでは始めますね。まずお熱はありますか?』
「ないなぁ。むしろ冷えるくらいか?」
『咳はどれくらい出ますか?』
「朝晩出とるのぅ。起きたらコンコンと」
老人は腕時計の前で咳を見せる。腕時計の液晶が点滅を始め、レンズがきらりと光った。
『拓海さんは軽い風邪でしょう。病院に行かずとも、薬を飲んで寝ていれば大丈夫です』
「そうか、遼子さん。わかったよ」
拓海は腕時計の声にうなずいた。
『お薬を注文しておきますね』
「ああ、ありがとう」
診療前対応評価システム、通称PRES。
医療が複雑化し、医師が多忙を極めたこの時代。病院に行く前、AIによる簡易診断を行うのが法令で義務化されていた。
AIが自宅療養を推奨したら、病院に行けないわけじゃない。しかし、従う人間は当然多い。
♦♦♦
「どういうことですか!」
青年、三浦新は机をバンと叩き、医師に詰め寄る。
「PRESでは薬を飲んで寝ていたら大丈夫って。そしたらおじいちゃん、死んでたじゃないですか!」
新は隣に座る拓海へ目を向ける。今しがた肺炎と診断されたばかりだ。新が無理矢理連れてこなければ、死んでいただろう。
「仕方ないですよ。あくまでPRESはサポート。それを聞いてどう行動するかは自己責任です」
医師はそれに冷静に応える。
「……それに、お年を召しているようですし」
「どういう意味ですか?」
医師がぼそりと呟いた言葉。それが新の耳には聞こえた。
「PRESはご年配の方相手だと、自宅療養を推奨する傾向にあります」
「どうして?」
「そうしないと患者が激増してしまうから」
「あんたらが楽したいからおじいちゃんは死んでもいいってか。ふざけるな」
「ふざけているのはどっちでしょう?」
眼鏡の奥で医師の瞳は鋭く光った。
「私が毎日何十人もの患者を診ても患者は捌ききれません。PRESがないと病院はパンクします」
「そ、それは……」
医師の迫力に新は押されてしまった。
「君も成人しているなら、少しは自分で考えなさい」
医師は新の肩に手を置いた。その手は酷く重かった。
診療前対応評価システム 羽国 @hanekoku_353312
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