プロローグ:二人の令嬢

アルクライド公爵家。

代々「剣聖」や「大魔導師」を輩出し、王国の武の象徴として君臨する名門。

わたくし、セレスティナ・フォン・アルクライドは、十歳の誕生日を目前に控え、穏やかで満ち足りた日々を送っていました。


公爵令嬢としての教育は厳しく、歴史学、政治学、そして複雑な宮廷礼法に至るまで、学ぶべきことは山のようにありました。

ですが、わたくしは知的好奇心を満たしてくれるそれらの学びを、苦痛だと思ったことはありません。


「セレスティナ様は、本当にご優秀でいらっしゃる!」

家庭教師が、そう言って感嘆の息を漏らすたび、わたくしはいつも微笑んでお答えします。

「当然の務めを果たしているだけですわ。」と。


そんなわたくしに、同い年の「妹」ができたのは、一年前のこと。

遠縁から引き取られてきた、イリス。

銀色の髪を持つわたくしとは対照的な、美しい黒髪の少女でした。


彼女はいつも俯きがちで、屋敷の隅で小さくなっていました。

公爵令嬢としての教育を受けてこなかった彼女が、この厳格な屋敷でどれほど肩身の狭い思いをしているか。

わたくしには痛いほど分かりました。


「イリス。今日のお茶菓子は、王都で一番と評判の『銀の鈴』のミルフィーユですって。一緒にいただきましょう。」

「…はい、セレスティナ様。」


書斎のテラスで、二人でお茶をいただくのがわたくしたちの日課でした。

わたくしは、学んだばかりの内容について夢中になって話しましたが、イリスはいつも「すごいですわ。」と小さな声で相槌を打つだけで、自分のことは決して話そうとはしませんでした。


「イリスも、もうすぐ洗礼の儀ですわね。どんなスキルを授かるか、楽しみですこと。」

「…セレスティナ様こそ。きっと、お父様やお母様が期待なさる、素晴らしいスキルを授かられますわ。」


その時、彼女の伏せた瞳の奥に、ほんの一瞬、チリッとした妬みにも似た光が宿ったのを、当時のわたくしは気づくことができませんでした。


わたくしの「優しさ」や「礼節」が、同い年でありながら「嫡子」と「養子」という絶対的な差を見せつけられた彼女にとって、どれほどの「屈辱」であったのかを。

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