第2話 男装令嬢の一目惚れ

 雨の音と車輪の軋む音がが共鳴する。

「今夜の競売は帝国内でも皇帝派の者たちが仕掛けたもので、最大規模のもの。私たち議会は、奴隷そのものに反対しているから、何としても摘発したかったの」

「馬車に乗るなり、急に何の話だ。俺は政治に興味ない」

「そうよね。大半の国民は政治ついて蚊帳の外だもの。興味がなくても無理ないわ」

 彼女は仮面外して、その顔をあらわにすると金髪ロングヘアがハラリと舞ってエメラルドのような瞳がレオンを見つめる。男装しているのが、もったいないと思えるほどの美貌を彼の目を奪った。

 そのあまりの美貌にレオンのけぞり赤面する。

「アンリ・ウィード。これが君に一目惚れをした女性の名前よ」

 そう言ってアンリは軽くウィンクして茶目っ気を見せた。

「はぁ? お前、奴隷に一目惚れとか正気かよ」

「全然正気よ? 私、東洋趣味だから、君の顔はもろ好みだったのよね」

「面食いかよ!」

「それと私の事はアンリって呼んで、私もレオンって呼ぶわね。ほら呼んでみて」

「アンリ……」

 レオンにそう呼ばれた彼女は、急に太陽へ当てられたご令嬢のようにクラクラとのけぞり頭に手を当てている。

「ぶざけてんのか」

「ごめんなさい。あまりに心地良くてついね。聞きたいことがあるなら、なんでも答えてあげるわよ」

「何で男装してまで、アンリが会場に入ったんだよ」

「ウィード家には男子がいないのよ。当主と使用人も含めて男子はレオン一人だけよ」

「答えになってないぞ」

「あらごめんなさい男子のレオンなら、この状況を聞けば喜ぶと思って、つい口がすべってしまったわ」

「呼んでやらないぞ」

「待って待って真面目に答えるから、我がウィード家は昔、皇帝の懐刀なんて呼ばれていた時期もあったんだけど……」

 アンリは深呼吸して真面目な顔になる。

「亡くなった私のお父様の代になる頃には、皇帝派は腐敗し始めててね」

「急に話を重くするな」

「でも聞いてくれる? お父様は根っからの皇帝派だったから何とか立て直そうと、三姉妹の長女である私と第一皇子を婚約させたんだけど、破棄されちゃって」

「そんな大事な話をこんな軽々しくして良いのか」

「良いの少なくとも、第一皇子は性格最悪だったし、顔も好みではなかったしね」

「やっぱり顔かよ」

「お父様はその婚約破棄を、皇帝からの拒絶と受け取ってしまい体調崩して、その後亡くなったわ」

「だったら今はどうしているんだよ」

「今はお母様が実質の当主を引き継いでいるけど、男子のいなくなったウィード家は貴族としての地位も剥奪されてしまったの」

「そりゃあ難儀だな」

「他人事みたいに言っちゃって、まぁお母様も『男子がいなくても貴族はやっていける』って豪語してたけどね」

「それで、その話とお前の男装がどう繋がるんだ」

「これでもボクは男に扮するのは得意なのさ」

 自分のことをボクと自称したアンリの声は中性的な青年のものになっていた。

「それで今回の件についてボクの家も含め、奴隷反対派の家からスパイを送りこもという話になったのでね。ウィード家からはボクが抜擢されたというわけさ」

「それにしては今と違ってもろに女声を出していた気がするが?」

「それはレオンに一目惚れしてつい興奮してしまって」

 その声は元のものに戻っていた。

「つまりノリで10億って言ったのか! さすがの貴族といえど、それは大金なんじゃないか」

「確かに借金したけど、非合法の商売なんだからきっと無しに……」


「……なるわけないでしょう!」

 お屋敷着いたレオンとアンリは当主つまりはアンリのお母様に呼び出されてお叱りを受けていた。

 当主の姿はアンリと瓜二つで世間でいう肝っ玉母さんのような雰囲気を出している。

「ミーナ様。声を荒げるのは貴族らしくない行動だと思います」

 当主の横に立っていた黒髪の女執事が嗜みを入れる。

「そうね。それにしてもよ。アンリ、あなたは金遣いが荒すぎるわ。あなたの趣味で買った陶磁器や水墨画などの東洋の品々も決して安くないのよ。今回はもうすべて売り払いますからね」

「そんな殺生な。お母様ご慈悲を……」

「慈悲はありません。貴族が借金なんて面目立たないでしょう。今日はもう遅いから寝てしまいなさい」

「あたりまえだろう」

 嘆き悲しむアンリを横目にレオンはそう呟いた。


 2人はまた馬車に乗り、アンリが住まいとしている極東風のお屋敷へ向かう途中、雨はすっかり止み、夜空には満天の星が輝いていた。

「なぁアンリって三姉妹なんだよな。他の姉妹はどうしているんだ?」

「それ聞いちゃう? みんなそれぞれこの敷地内あるお屋敷で暮らしているわ」

「どれだけ広いんだよアンリの家……」

「これでも貴族だからね。地代収入を受け取る見返りというのは変だけど、私たちには領民を守る義務があるから、言ってしまえばこの辺り一帯の土地は私たちの所有よ」

「そんなこと聞いてねぇ。姉妹の話はどうした」

「そうだったわね。次女のレイシアは、気が強くて荒っぽいところはあるけど、レオンと一番年齢が近いと思うわ。三女のフィアナは、まだ学習を始めたばかりでお転婆だけど、とっても素直で良い子よ」

 話をしているうちに、馬車は、白い漆喰と黒い瓦屋根で出来た平屋に着いた。

「極東建築を見るのは初めてかしら、ああ1つ言い忘れたことがあったわ……」

 そういうとアンリはキリリと真剣な顔になってレオンを見つめ手を取る。

「ボクの名前はジュリスだ。よろしく」

「その風貌で、いきなり男声になるな混乱するから」

「あら、ごめんなさい」

 アンリは口元に手を当てて笑っていた。

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