第5話 壊れていく

 彼女達にとっては、いつもの事。


 だが、いつものノリで男とホテルに入るのだが、義也はいつもの様に家にいるわけでは無なかった。


 彼は、家に帰りたくはないし、街で俳諧をしているときに、彼女達を見てしまう。

「希実?」

 嬉しそうに、結婚の予定を…… 少し強引に進めようとしていた彼女。

 それなのに、男に連れられ……

 腰に回された手は、彼女の尻をなで回す。

「もう。もう少し待ちなさいよ」

 

 慣れた感じで彼女は男をあしらい、嫌がっている感じはない。

 そして、休憩のあるホテルへと躊躇なく入って行く……


「何だよあれ……」

 彼は努めて真面目で、浮気なんか思いもよらない事。


 だから、そんな事を彼女がするなど、考えても居なかった。

 だが、さっきの姿と、彼女の結婚を望む姿が重なったことで、結婚を急ぐ彼女とその理由がふと思い浮かぶ。

 そうネット上で、時折湧いてくる単語『托卵』。


「まさか……」

 だが、否定は出来ない。


 見間違いかも。

 きっと彼女は、今現在マンションにいる。

 そう思い込む。


 この数日、会いたくないと思っていた彼女に、今は会いたい。

 流れで言い合いとなったのだが、別れるところまでは考えていなかった。


 マンションへ帰り、玄関ドアを開ける。

 だが、そこに靴は無く、部屋は静まりかえっていた。

「希実……」

 彼は名前をつぶやいた後、禁じられた彼女の部屋へと入る。


 痕跡を残さないように、確認をしていく。

 見たことの無いアクセサリーやバッグ。

 服に下着。


 そして、メディア。

 その表面には、ハートマークが書かれていた。


 基本彼女は、行きずりがメインだが、幾人かキープしていた。

 顔がいい。お金持ち。

 そんな奴らとの行為を、証拠として撮影をしていたりする。

 

 それがそのメディアだった。

 それは、彼の手により、すぐにコピーされた。


 彼にとっての驚きは、希実はそんなに派手なタイプでは無い事。

 普通で、どちらと言えばおとなしいタイプ。


 だから、余計に衝撃が大きかった。

「こんなっ」

 見たことのない男に、甘えて行為をねだる。

 見た事が無い彼女の姿。


 彼は吐き気を覚えながら、スーツケースなどに自分の荷物を詰め込んでいく。

 大事なものだけ。

 共用部分にしか無かった彼の荷物は意外と少ない。


 彼女が転がり込んできて、部屋を一つ取られた時に、大事なものは実家や貸倉庫へと預けた。

 だから、以外と簡単に荷物はまとまる。


『お前とは別れる事に決めた。残っている荷物は廃棄してくれ』

 そんな手紙とねつ造写真を残して、彼はスーツケースを引いて夜の街へと消えていった。


 浮気相手の顔を切り取り、夜の街と合成。

 今晩、写真を撮らなかった事が悔やまれる。

 だから、写真データのEXIFデータを確認して、最近で、なおかつよくでてくる男を見つけて、合成をした。


 そう、浮気を見つけたという意思表示。

 彼女のデータを勝手にいじったと、言われないためだ。


 精神的にはショックだったのだが、彼女と会えば、精神的に追い込まれていた彼には安堵も広がる。

 もう会わなくて良い。それだけで随分心が軽くなる。


 そして、彼女がいなくなった事で、会社に通う事にも執着をなくした。

 給料のためと、彼女からの会社をやめるなと言うお願い。それを果たすためだけに通っていた会社。

 枷が無くなり、彼は一気に心が軽くなったように気がする。

 そう彼を見ているのではなく、あの会社に勤める彼を彼女は望んでいた。

 彼女にとって、相手はきっと誰でも良かったのだろう。


 だから、マンスリーのアパートを探しながら、病院へ行き、会社に休みを伝える。

 無論係長や課長から色々と聞かれる。

「有給休暇の行使です。年間に五日間休まないといけませんから」

 そう言って電話を切る。


 去年は、休みだけを出して、仕事に行った。

 当然、いやみな係長の仕業だ。

「精神科と内科系…… できればカウンセラーがいるところ」

 彼は病院へと向かう。


 だが、病院へ行っても、適当な問診と適当な薬を出されたのみで、しばらく様子を見てくれという。


「そうですね。仕事がきついのは、大変なのは皆さんそうなんですよ。ご自身の、気持ちの持ち方で随分変わりますから、頑張りましょう」

 そう言って、なぜかガッツポーズをされる。

 自分とは、なんだか会わない気がして、彼は次の病院を探す。


 だが貰った薬は、楽になるかもと思い一応飲む。

 抗不安薬と睡眠導入剤。胃腸薬。


 飲み出すと眠気やふらつき、思考力の低下が出始める。


 だからなのか、短絡的にもう良いや。あいつに話しをしよう。

 などと考えた。

 まあ薬が無くとも長年のストレスや、彼女の浮気。

 その他、彼は限界だった。


 猪狩と会い、話しをして彼は少し持ち直した。

 その後、友人ネットワークに連絡が入り、彼の事を誰かが気にするようにしてくれた。

 一人で、または複数で彼の部屋へ誰かが尋ねる。


 昔と同じで、世界平和について語らう。


 各国の大統領の動きがやばいとか、実質的な独裁国家が乱立しているのを何とかしなければなどと議論をする。

 無論彼等にそんな力は無い。

 そう、若い頃、中学二年生頃に男の子がハマる世界。

 それを少し引きずりながら、彼等は生きている。


 だけど、現実世界で騒動を起こすなど考えず、普通の暮らしを行っていた。

 彼等の中で、誰一人公安にマークされている人物などいない。


 そんなみんなのおかげで、多少元気となったのだが、何時までも休むわけにも行かない。

 仕事に行き、落ち込み。


 仲間と会って少し復活。

 また会社で落ち込む。

 休みがちとなり、有休休暇を使い果たして、強引に病気休暇を取る。


 スマホには、会社とカウンセリングをすっぽかした病院、そして希実からの着信が未だにやって来る。


 そんな状態で、何とか食えるものを口に詰め込み、なんとか生きていく。

 あのとき、友人達が来なければ、なにも食えずに死んでいたかもしれない。

 やめれば良いのに、部屋を借りて一人で飲んでいたときに、彼は、希実のデータを見かえしていった。


 二人が知りあう前からのデータ。

 何時撮ったのか知らないが、自分の物もあった。

 知りあった頃だ。

 フォルダーには、有望君という物がありその中に並ぶ単語と番号……

 他の奴らも、幾人かは大学内で見た記憶がある。


「最悪な奴……」

 そのぼやきが向く先は、彼女の事でもあり、それを見抜けなかった自分のことでもある。


 そして、彼女の行為を見てから、自分が口にした彼女の手料理を思い出し、ものが食えなくなり主食は酒となる。


 そう、かなり悲惨な状況だった。

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