第1話 「あるべき『モノ』が、ない」

「おんぎゃああ、んぎゃぁぁ」


 (……ん? なんだ?)

 

 俺は叫んだはずだった。「女の子といちゃラブさせてくれ」と。


 だが、喉から絞り出されたのは、前世のあの壮絶な叫びとは似ても似つかない、あまりにもか弱く甲高い赤ん坊のような泣き声だった。


(クソ、声が上手く出ない! 屈辱のあまり、ついに喉までイカれたか!? いや、それとも、今までずっと眠っていたから、声がうまく出せないのか!?)


 「(※異世界語)まあ、なんて元気なお声でしょう!」


 「(※異世界語)奥様! おめでとうございます! お生まれになりました!」


 (なんだ、こいつら…何を言ってる?)

 ぼんやりと霞む視界に、知らない(メイド服をよそおった?)女たちの顔が見える。

 

 にこやかに、何かをまくし立てている。

 だが、その言葉は、日本語のどの響きとも違う、意味不明な音の羅列にしか聞こえない。


 (ダメだ、何を言ってるかサッパリわからん。……というか、ここはどこだ? ラブホじゃ…ない)

 

 徐々に霞んでいた目がピントを合わせていき、少しずつだが、全身の感覚も戻ってきた。


 見慣れた薄紫の照明じゃない。もっと明るく、清潔そうな…寝室?

 

 とにかく状況が知りたい、この人たちに話を聞こうと体を起こそうとした。


 「あー! あうー!」

(なんだこの間の抜けた声は、俺か!?)

 さらに驚愕する。


 (……体が、動かない!?)

 

 まるで鉛のように重く、手足の感覚がフワフワしている。


  指先が動く感触はあるが、上半身を起こすどころか、首を満足に動かすことすらできない。

 

 (おいおい、待てよ。完全に全身麻痺じゃねえか。やっぱ倒れたのか?脳卒中か何かで。現在は病院のベッドで寝たきりとか、そういうオチか!?)

 

 絶望が再び俺の脳裏をよぎる。

 

 EDが治らないどころか、全身が『立ち上がらない』とか、何の地獄だ。


 「(※異世界語)まあ、可愛い…。私の赤ちゃん…」

 

 ふと、視界に、さっきのメイドたちとは違う、とんでもなく美しい白髪の女性が映った。

 肩で浅く息をしており、汗で髪が張り付いているが、その美貌は隠しきれていない。そして何より、その慈愛に満ちた笑みには、初対面のはずなのに、なぜか不思議と親近感を覚えてしまう。

 

 彼女が何かを言うと、俺は温かい布にくるまれたまま、そっと抱き上げられ、どっかに移動した。


(抱き上げられた…? 待て、俺は軽く体重80kg超えのアラサーだぞ。こんな簡単に…)

 

 そこで、ふと視界の端に映り込む「何か」に気づいた。


 (なんだ、これ…)


 試しに、そこに意識を集中させてみる。……動いた!

 ほんのわずかだが、指を握ったり開いたりするような感覚がある。


 (まさか、これ…俺の「手」か?)


 「手」と呼ぶにはあまりにも小さく、シワシワで、まるでパンにねじ込まれたソーセージのような、ちっぽけな手だった。

 

 (俺は、この支離滅裂しりめつれつな状況を必死に推理した)

 

 ネット小説で死ぬほど読んだ「テンプレ」が、脳裏をよぎる。

 目覚める前の記憶。ラブホの魔法陣。言葉の通じない世界(病院かと思ったが違う!)。声が上手く出ない。小さすぎる手足。

  

 (俺が出した結論は、一つだ)

 (俺は、天野ユウヤ(34)としての記憶を持ったまま、赤ん坊として生まれ直したのかもしれない)


 (だとしたら、ここは貴族の家か? 平民か? この美人は母親か?)


 普通なら真っ先に気にするべき状況だ。だが、そんなことは、今の俺にとってはどうでもいい。


 (問題は、ただ一つ!)


 俺は、まだ自由にならないこの体で、全神経をおくるみに包まれた股間に集中させた。


 (前世で俺を地獄に叩き落とした、あの『病』は…!)


 (今世の俺の『エクスカリバー』は…!――ちゃんと、アップデートされてるんだろうな!?)

 

 俺が、その答えを必死に探ろうとした瞬間、甲高い声が俺の集中を遮った。


 「(※異世界語)まあ、ご覧になって! 赤ん坊だというのに、この綺麗な白髪! さすが奥様のお嬢様ですわ!」


 「(※異世界語)そ、そうですね、姉様…! き、きっと、この辺境伯領で一番の姫君になら、なられ、ます…」

 

 (なんだ、こいつら)

 意味は分からない。だが、一人はやけに興奮した甲高い声でまくし立て、もう一人はおどおどしたような控えめな声で相槌を打っている。

 

 随分と対照的な二人だが、どっちにしろ、やけに「女」「女」という響きを強調している気がする。


 (気のせいか? それより今は『相棒』の確認だ。おくるみ越しじゃわかりにくい…!)


 そう俺が焦っている間に、どうやら移動してた場所に着いたらしい。そこは、さっきの部屋とは違う、湯気で少し霞んだバスルームのような場所だった。


 そこでついに、あの、やけに興奮していたメイドが俺のおくるみを器用に解き、股間を覆っていた布(オムツのようなもの?)をサッとめくり上げた。


 (うおっ!? ちょ、待て、いきなりかよ! って、ん?)

 

 股間に、ひんやりとした空気がダイレクトに触れる。


 俺は、前世(34年間)で慣れ親しんだ、あの「ある」はずの感覚……空気が「モノ」に触れる、あの独特の感触を必死に探った。


 だが、感じたのは、ただ平坦な皮膚に空気が撫でるような、ツルリとした感触だけ。


 そして、俺は気づいた。


(……ない)


(ない)


(あるべき『モノ』が、ない!?)


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ED美少女転生!〜 前世のトラウマから錬金術で『生命の秘薬』を作ったら、なぜか全種族の美女に求婚されています〜 @rikutoumi0924

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