第43話 茶店に入った
メイドはノクオーグ人形だった。というか、この人形の魂だった。
すなわち――その人形はかつて人間だった。
霊気の消えた室内に、彼女が入っていく。
ノクオーグ人形に触れた。
いま人形は魂を取り戻し、人間として蘇った。
くるりと振り返る。
「ミュラ・ノクオーグと申します。あなた様のおかげで、ふたたび人間になることができました。心より感謝いたします」
「友達との約束が果たせてよかったよ。それじゃ、これで」
「お待ちください。あなた様のご友人とは、どなたのことでしょう。話していただけませんか」
ピイェアと答えそうになったが、グッと堪えた。
「呪いの絵画に封印されし滅界の妖華……だってさ。でも名前は伏せるように言われてるんだ。なので言えない」
すると今まで無表情だった彼女が、初めて目を細めて微笑んだ。
「ならば仕方ありません。ですが予想はつきます。あの子、照れ屋でして……。名前、隠すことございませんのに」
ミュラ・ノクオーグからは、好きなときに屋敷へ来るようにと言われた。美味しい料理をまたご馳走してくれるそうだ。
僕はレナーシャを連れて屋敷を出た。彼女は腰が抜けて歩けなくなったそうだ。そのため、屋敷から宿までの面倒を見させられた。まったく人使いの荒い人だ。
ところで、明日はいよいよイベント最終日。
イベント内容は、魔力による【芸術】の披露とのことだ。
夕方、バモイとの打ち合わせが始まった。
「キファに尋ねるが、音楽や美術を学んだことは?」
「ないよ。歌は音痴だし、絵も下手だし」
「弱った。魔力を使用して芸術的なパフォーマンスをしなくてはならんのだが」
魔法芸術は最終日のイベントとして、ほぼ毎年指定されているものらしい。
ちなみに最も多く披露される魔法芸術が、【花火】生成なのだとか。例年、約四割の参加者がそれを選択するそうだ。
そのため【花火】を披露する場合、カラフルな魔導光を発するだけでは、ぜんぜん目立たない。皆、他者との差別化を図ろうと様々な工夫を凝らしてくる。しかも夜空ではなく日中の空に見栄えよく描くのは、非常に難しい。
だけど僕の場合、それ以前の問題だ。魔法を放つこと自体に苦労している。はて、どうしたものか。
「やっぱり無理っぽいよ。僕には難しすぎて」
「困ったものだ……」
バモイが地面に視線を落とす。
しかし、しばらくして顔をあげると、アゴを搔いた。
バモイのキラリとした目は……。
「いいアイデアでも見つかった?」
「おう、替え玉って手があるぞ」
「お腹すいたの?」
僕の肩に手を乗せる。
「俺がキファのフリして出場する。帽子とか被ればごまかせるだろう。顔ならなんとなく似ている気がしないでもないし」
「それ、僕に失礼じゃないかな?」
「しかし問題は体つきがな……。替え玉はやめておこう」
当たり前だっちゅうの。バレない方がおかしいから。
翌日――。
祭典の会場にやってきた。
イベントで何をやるかは、結局まだ決まっていなかった。
バモイが僕を見つけ、声をかけてきた。イベントまでまだ時間があった。バモイが奢ってくれるというので、茶店に入ろうとしていた。
「こんなところにいたのねっ!!」
誰だと思って振り向けば、レナーシャが立っていた。
バモイが眉間にシワを寄せる。
「むむむ……。貴様はヘルゼット魔法学園の……」
これは意外だ。バモイがレナーシャを知っていたなんて。
レナーシャが長い髪を搔き払う。
「探したわ」
バモイはコブシを握りしめた。
「なんの用だ!」
「えっ、あなた誰ですか?」
レナーシャはバモイを知らなかったらしい。
バモイが眉間にシワを寄せ、顔を真赤にする。
「お、お、お俺を知らないと? 俺はグリヤ魔法学園の生徒会副……」
レナーシャは話を聞いていなかった。
「会場に来るの、ずいぶん遅かったわね。寝坊でもした? 魔力の芸術パフォーマンスに自信がなくて、逃げ帰ったのかと思ったわ」
いやいや早く着きすぎたんで、これから茶店で時間を潰そうとしていたところなんだが。でもまあ、逃げ出したいって気持ちは、ちょっぴりあるかな。
「一応逃げずにいたよ。で、僕に何か話でも?」
「そうだったわ。昨日のことなのだけど……」
「ああ、スープの話? 美味しかったね」
バモイが目を見開き、顔を僕にグッと近づける。
吐息が臭い。
「お前ら、知り合いだったのか。というか、それって……まさか、きのう二人でデートしてたのか!?」
レナーシャはバモイを無視。
「スープのことではないわ。食事よりずっと後の話よ。ホテルまで一緒してくれたじゃない?」
そうだった。僕があの亡霊屋敷から宿泊先まで、送ってやらなきゃならなくなったんだ。あのとき、腰が抜けて足に力が入らなくなったらしくて。
「おい、ホテルだと! お、お前……」
バモイがぎゅっと肩を掴む。それでも話の途中だったので、僕もバモイを無視させてもらった。
「うん、一緒させられたね。で?」
「何が『で?』よ、その言い方! わたしは、ただ……礼を言いたかっただけ。それだけだから」
レナーシャはくるりと踵を返した。
礼を言いたかっただけ? 礼は言ってない気がするけど。
彼女の姿が見えなくなったところで、バモイが横目で睨んできた。
「キファ。他人の交友関係に口を出したくはないが……。ヘルゼット魔法学園は、うちとは古くから因縁深い敵同士。そこの連中と仲良くしすぎるのは、どうかと思うぞ」
「そうだね。僕も仲良くしたいだなんて思ったことはないよ。もう話しかけてこないでほしいな」
「お、おう。わかってるならばいい」
――… 内心、羨ましく思うバモイだった。
茶店に入ると、若い女の客がいた。
目が合うと会釈してきたので、僕も会釈を返した。
彼女は昨日までメイドだったミュラ・ノクオーグ。
こんなところで会うとは奇遇だ。
バモイがぼそっと耳打ちする。
「おい、キファ。この人も知り合いなのか。まさか、ヘルゼット魔法学園の生徒じゃないだろうな」
「郊外の大きな屋敷に住んでいてね、料理がものすごく得意な人だよ」
「郊外に住んでいるってことは、ヘルゼット魔法学園とは無関係だな。なるほど、気品が感じられるのもうなずける」
僕はミュラの方へと歩いていった。
――… 心底、羨ましく思うバモイだった。
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