第34話 とても美味そうだった



「えっ、嘘……」


 僕に奇跡が起きた。

 ――凄まじい衝撃音。


 この手から魔導弾が放たれ、オル・ザハルの腹部に命中した。


 潜在魔力がF級のはずなのに、魔導弾が撃てたのだ。

 また、衝撃音こそなかったが、バモイの魔導弾も命中した。


 仮面の巨体がバタンと地面に倒れた。

 バモイが瞬きを繰り返す。


「な……なんてことだ。いまの魔導弾、尋常じゃなかったぞ。アンタ、Fだよな。なのにどうしてあんなのが撃てるんだ」


「僕だって知らないよ」


「とにかくトドメを刺そう。もしまだ生きていたら、反撃に遭うかもしれないからな。もう一回、いまのを頼む。さあ行くぜ。三、ニ、一、発射!」


 あれ? おかしい。


 今度は失敗した。発射できなかった。前回と同じようにやったつもりなのに。


「アンタ、どうしたんだ。さっきは成功しただろ」


「そんなこと言われたって」


 奇跡は一度きりだったようだ。僕の魔導弾は発射されなかった。


 地面に倒れた巨躯が動く。ゆっくり体を起こし、立ちあがった。


 バモイの掛け声。


「もう一度だ。三、ニ、一、発射!」


 やはり発射できたのはバモイだけ。

 しかしダメージは与えられなかった。

 オル・ザハルがニヤリとする。


「そっちの小僧の強力な魔導弾、あれはなんだった? ともあれ、それ以降は撃ててないところを見ると、魔力切れってことだな」


 オル・ザハルは氷の矢を生成した。それは護衛二人を倒したものだ。今度のターゲットは僕とバモイとなった。


 二本の矢が同時に放たれた。片方はバモイの腹を貫通。もう片方は僕に届かず消滅した。


 バモイが倒れる。しかしオル・ザハルにはどうでもいいことのようだ。見据える先は僕だった。


「小僧……。なぜ効かん……」


「驚くことじゃないでしょ。おじさんが弱すぎるんだよ」


「はあ……?」


「あ、ごめんなさい。弱すぎるって言ったけど、まだ本気出してなかったとか?」


「ふざけやがって!」


 オル・ザハルは全身を震わせた。


「うわっ、汚ぁーい。仮面の下から何か垂れてきたよ。ヨダレかな? まるでミリヤ先生みたい」


 ハッとしたような声を出すオル・ザハル。


「ミ……ミリヤだと? 魔人化したミリヤを見たのかっ」


「へえー。あのバッチイの、魔人っていうんだね。うん、見たよ」


「お前が殺したのか」


「しーらないっ」


 ミリヤの魂を食べたことは、誰にも内緒なのだ。

 オル・ザハルの震えは激しくなった。


「ぐぬぬぬぬ」


 仮面の下から垂れるヨダレの量が、尋常ではなくなってきた。


 そんな彼の様子を見て、ふと思った。


「ねえ。もしかしておじさんも魔人だったの? バッチくなるの?」


「こ、小僧、我々をバッチイなどと……」


「やっぱり魔人だったんだね!!」


 ミリヤ先生と同じだ、魔人、魔人、魔人。魂がめっちゃくちゃ美味しい魔人!


 あの魂の美味さは、ぜったい忘れられない。

 また食べたい、また食べたい、また食べたい。


 だけど食べればたちまち腹を壊し、吐いて下して苦しむことになる。

 もうあんな苦しみはゴメンだ……。


 でも食べたい!


 どうしよう! どうしよう! どうしよう!


 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 


 でも食べたい!


 食べたいけど食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ! 食べちゃ駄目だ!


 僕は悶々とする頭を抱え、空を見あげた。


 冷たい風が吹いた。


 我に返ってみれば、悲惨なことになっていた。僕の胸部から大きな手が生え、そいつがオル・ザハルの全身を切り裂いていたのだ。


 しまった!! 死んじゃった?


 僕はがっくりと膝をついた。


 死んじゃったら魂を食べられない……。


 オル・ザハルの胸部をえぐる。まだ魂は残っていた。

 弱々しく消えそうだった。


 食べようか……。うん、食べるぞ!

 強い衝動が勝った。


 しかし口を開けた瞬間、魂は消えてしまった。

 あと一歩、遅かったらしい。


 おかげでお腹を壊さずに済んだのだろう。

 でも食べたかったな。


 幸いにも馬車は無事だった。


 瀕死状態の護衛二人とバモイを車両に乗せた。


 非常時のマニュアル書をまじめに読んでみる。ケガ人が出た場合の項目があったので、それに従うことにした。


 マニュアル書のとおり、座席の下に救急箱があった。そこからポーションを取り出し、三人に与えての応急処置。



 途中の町まで運び、医者に見せた。


 僕、偉いな。用務員の仕事をきちんとこなせている。ほぼ完璧だ。もう一人前だと思う。


 僕の適切な処置のお陰で、三人とも命に別状ナシ。これで今度のボーナスは期待できそうだ。


 三人のうち最初に目を覚ましたのはバモイだった。


「こ、ここはどこだ。俺は何故ここにいる?」


 これまでのことをザックリ話してやった。

 でも怨力のことは黙っていた。


「なんだと! 用務員のアンタが?」


 と、バモイは大声をあげた。

 納得しがたいといった顔だ。


「うーん、信じられんが……。確かに一度だけではあったが、とんでもない魔導弾を見せてくれた。俺はあれを何かの間違いだと思っていた。だが間違いで済まされていいものだろうか。そう。なんたって、あの特待生の弟なのだし……」


 そのまま黙ってしまった。じっと下を向いているが、まだ体のどこかが痛むのだろうか。


 しかし彼は顔をあげ、ニヤリとした。


 僕はピンときた。いまバモイは良からぬことを考えている。危険だ。急いでバモイから遠ざからなければならない。本能的にそう感じ取ったのだ。


 厄介事に巻き込まれるのはゴメンだ。

 くるりと背を向ける。


「待ってくれ」


 ほらきた。


「悪いけど待てないんだ。僕、オシッコ」


「いいのか? このままだと、用務員の給料が減額になる」


 もらえるおカネが少なくなる?

 いいわけがない。


 僕は足を止めて振り返った。


「どういうこと」


「俺たちの学園は、国から多額の補助金を得ている。それがカットされてしまうということだ。さらには有力者からの寄付金も集まらなくなる。当然、職員の給料に響かないわけがない」


 てことは……肉入りスープが食べられなくなってしまう。


「それ困る」


「だろ? 俺たちがやろうとしていたことは、魔法の祭典への参加だ。毎年参加し、グリヤ魔法学園をアピールしている。そして補助金や補助金をたくさん確保してきた」


「うん、大丈夫。ちゃんと会場までは僕が運ぶよ。副会長には頑張ってもらわなきゃ」


 僕はホッとした。面倒な話じゃなかったからだ。もともとそれが仕事だし。


「いいや、学園の代表として祭典に出るのはアンタだ」


 えっ、無理。


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