第29話 たくさん食べた
数日前に遡る。
僕に初めて『友達』ができた。
――ずっと絵画の中で眠ってた幼い亡霊だ。
名前はピイェアと言うそうだ。彼女によれば、肉よりも美味いものがあるらしい。しかもほぼ食べ放題だというではないか。
僕はピイェアについていくことにした。
それは郊外の森にあった。
「ねえ、ここってもしかして……」
ピイェアが笑顔で首肯する。
「うふふふ。秘密のダンジョンです。わらわは霊脈に敏感でして。辿っていったら見つかりました」
ダンジョンがあったのか! 以前は魔物の魂を食べに、よく通ってたっけ。でも都会に働きにきてからは、ずっとそれを食べられないでいた。
「ねえ、ピイェア。肉より美味いものって魔物のこと?」
「はい。わらわの場合、魔物そのものよりも、その魂が好きなんですけどね」
「だったら僕と同じだよ。僕も魔物の魂が大好物なんだ」
「気が合いますね!! でも人間が魂を食べるなんて驚きました」
「人間、多様性が大事だからね。いろんな人がいるってこと」
ダンジョンに入ると、ひんやりした空気が肌に貼りついた。
僕もピイェアも魔物の魂を貪った。
肉だとお腹いっぱいになれば、それ以上は食べられなくなる。だけど魂の場合、そんなことはない。満腹感に似たものが出てきても、ほぼ際限なく食べることは可能。
そして数日が過ぎ、きょうとなった――。
「ところでピイェア。このダンジョン、近ごろ魔物があまり出てこなくなったね」
「連日ここに二人で通ってますからね。魔物が絶滅しても不思議はありません」
「じゃあ、もう食べられないのかな」
「いいえ、実はとっておきのデザートがあるんです」
僕はワクワクしながらついていった。
ピイェアが得意そうに話す。
「この辺りに……ケイブドラゴンの群れがあるはずです。ほら、あそこ! 見えますか。とても凶暴なので気をつけてください」
うん、美味そうだ。
ピイェアが慌てだす。
「何やってんですか。一人で倒すなんて無理です。わらわが一緒に……。いっ? もう倒しちゃったんですか。ありえません。相手はたくさんのケイブドラゴンですよ。ワケがわかりません」
「そんなことより、これ美味しいね」
「当然です。ドラゴン系の魂は最高級品ですから」
「うんうん、最高級だよ!」
こんなに美味しいものは生まれて初めてだ。
ピイェアの友達になって良かった。
「キファ、キファ。少し分けてくれませんか。ケイブドラゴンはまだまだいますし」
僕は食べかけの魂を放り投げた。
「わーい、ありがとうございます!!」
このあともケイブドラゴンを狩りまくる。
あまりに美味しすぎて、それらの魂をすべて食べてしまった。
明日のために少し残しておけば良かったかな。
僕はしばらく寛ぎながら、舌や喉に残る余韻を味わっていた。
甘さとも苦さとも違う。たとえるなら熱い光が喉を通り、胸の奥でじんわり広がっていく感じ。それが、ケイブドラゴンの魂の味だ。
僕が大きく伸びをしたとき――。
「キファ? ここで何やってんの?」
突然、声をかけられた。
そこにいたのはエーラだった。
僕を見て目を丸くしている。
「うん、ちょっとダンジョンが懐かしくてさ。エーラこそ、どうしたの」
「魔石を集めにきたのよ。だから魔物を探してるんだけど……」
それなら無駄足ってものだ。
ここの魔物は僕とピイェアとで食べ尽くしたから。
「残念だけど、ここに魔物はいないよ」
「そんなはずないわ!!」
けたたましい声に一瞬ぎょっとしたが、エーラのものではなかった。彼女の背後にもう一人立っていた。
あの人、新しい教員の……名前はミリヤとか言ったはずだ。
苛立ちを隠しきれないような顔で、こちらを睨んでいた。だけど、いないものはいないのだ。諦めてほしい。
「魔物、本当にいないんだけどな」
「もしかして、あなたが一人でダンジョン内の魔物を、一匹残らずやっつけたというの? ううん、まさかね。そんなワケないし」
確かに僕一人だけじゃない。共犯者はいる。ピイェアと一緒に食べ尽くしたのだ。
エーラがミリヤに向く。
「あたし、引き分けなんて嫌なんだけど。またすぐ、別のダンジョンで勝負再開でよくない?」
ミリヤの口元がうっすらと微笑みを含む。
「わたしだって引き分けにするつもりはないわ。だけどね。近場に別のダンジョンなんてないの。仮にあったとしても、もう必要なくなっちゃった。本当はあなたのような優秀な人を、なんとしてでもわたしの配下に置きたかった。だけど諦めることにしたわ。今ここで全部終わりにするから」
「ここで終わりって、何ができるわけ?」
「あなたには死んでもらう。ああ、それとごめんなさい、そっちの用務員さん。無関係なあなたも巻き込むことになって」
ミリヤの手には玉のようなものが握られていた。それが天井に投げられた。薄い煙のようなものが周囲に充満した。
エーラがミリヤに問う。
「なんのつもり? 今のは何?」
「すぐにわかるわ。いざというときのために、持ってきておいて良かったわ。悔しいけど、魔法じゃあなたに勝てないみたいだから。さあ、魔法ナシの勝負よ」
周囲をきょろきょろするエーラ。
「おかしい……魔法が使えない。この煙のせいね。驚いた。こんな煙が存在するなんて。きっと高位の魔道具か、禁術級の代物に違いないわ」
ミリヤは片手をあげた。
「いでよ、幻獣アルマス」
直後、巨大な化け物が現れた。
石床がきしむような音とともに、ダンジョンの空気が一段重くなる。
僕はすぐに理解した。あれは従魔というヤツだ。
従魔を持ってるなんて羨ましい。
それにしても不思議なものだ。魔法が使用できない環境でも、従魔をちゃんと呼び出せたなんて。
従魔の全身は白くて長い体毛に覆われ、ガッチリした上半身を太くてやや短めの二本足が支えている。両手も異様なまでに太いが、地面に届きそうなほど長かった。
「あとは任せたわ、アルマス。わたしは出口で待ってるから」
ミリヤは従魔にそんなふうに告げ、その場を去っていった。
ここに残された従魔が、戦闘モードで身を低くする。
――速い。
のろまそうな体つきだったが、素早いジャンプで、あっという間に僕の間合いに入ってきた。
エーラよりも先に僕を襲うなんて。
ああ、そうか。この化け物、僕の方が強いってわかってるんだ。弱いエーラを後回しにして、先に僕を倒すんだね。
でも僕には勝てないよ。
煙に魔法無効化の作用があったとしても、もともと僕は魔法が使えない。だから周囲の煙は関係ない。
怨力で従魔を狩ろうとした直前――。
従魔が大きなうめきをあげた。
幼い少女に首を絞められていたのだ。
というより、小さな手に喉が食い込まれている。
ピイェアの手だった。
「キファ。ここはわらわに任せてください」
ピイェアの手はさらに食い込んでいった。
従魔は苦悶の表情を浮かべ、ピイェアの体を掴もうとする。しかしその手は虚しく空を切るだけで、何一つ触れることができない。
霊体が従魔の肉体に物理的に干渉できても、その逆は難しいようだ。
エーラがピイェアの様子を眺めている。
「あれって霊よね……」
「うん、ピイェアって言うんだ。友達になったんだ」
「それでキファを守ろうと?」
「たぶん、そのつもりなんだと思う」
僕なら普通に勝てるから、出てこなくても良かったんだけど。
「へえ、良かったじゃない。またキファに友達ができたのね」
またって何さ。
ユマやジュナのことを言ってるのかなぁ。違うのに。
「それにしてもビックリよ。あの子、霊力が半端じゃないわ。こんな強い霊力、いつぶりかしら?」
いつぶりってことは、ピイェアと同等以上の亡霊が、他にもいたってことになる。僕とどっちが強いのだろう。
ピイェアは従魔の喉の奥から何かを取り出した。
魂だ。それに食らいついた。
化け物は消えてなくなった。
ピイェアがペッと吐く。
「何これ。まっず~」
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