第19話 スープを待っていた



 翌日。


 用務員の先輩ジュナは、きちんと出勤していた。きのうはホラービーに腕を刺されたけれど、特に問題はなかったらしい。仕事も普通にしている。


 昼のチャイムが休憩時間を知らせてくれた。脱いだ軍手をポケットに仕舞い、旧校舎のある方へと歩き出した。


「キファ、どこへ行くの」


「ご馳走してもらいにいくんだ。ジュナも来る?」


 これから向かうところは同好会の部室だ。


 肉入りスープを食べさせてもらう約束だった。多くの仲間を作ろうっていうのが土台の同好会らしいので、職場の仲間も連れてきたら絶対喜ぶに違いない。


 てことでジュナを誘ってみた。


「わたしもいいの?」


「うん。きっと歓迎されるよ」


 ジュナも来ることになった。

 しかし途中で足が止まった。眉をひそめている。


「こっちって旧校舎のある方じゃない?」


「そうだよ。でも許可は取ってるって」


 ところがジュナは首を左右させた。


「やっぱり、わたしは遠慮するわ」


 わっ、もったいない。

 せっかくのご馳走なんだから、行かなきゃ損ってものなのに。


 結局、僕は一人で旧校舎に入った。


 肉入りスープの約束をした相手を探す。名前はカイラスと言ったはずだ。でもどこにいるんだろう。旧校舎はやたら広いし、教室だってとても多い。一室ずつ探していったら昼休みが終わってしまう。


 こういうときは、勘を信じるしかない。

 軽く深呼吸して、ここぞと思った教室のドアを開ける。


 ここか?


 中に人がいた。残念ながらカイラスではない。女の人だった。やっぱり当てずっぽうじゃ駄目か。


 がっかりしてドアを閉めようと思ったそのとき――。

 その女の人が顔をあげ、こっちを向いた。目が合った。


 ユマじゃないか!


 夕べは家に帰ってこなかったけど、ずっとココにいたのだろうか。それと、きのうもこの旧校舎で似ている人を見かけたけど、やっぱりユマだったのかもしれない。


 いったいユマは何やってたんだ?


 そういえば、この同好会って、生徒以外も募集してるんだっけ。だからこそ用務員の僕が誘われたわけだし、助教員が誘われたってぜんぜん不自然なことじゃない。


「まさかユマもいるとは思わなかったよ」


「キファ? ここは危険よ。すぐ旧校舎から帰りなさい」


 会釈もなければ笑顔もなかった。

 声もなんだか威圧ぎみ。


「危険って何が? どうして帰らなくちゃならないの?」


「詳しい話はあとよ。とにかくあなたは早く帰るの」


 なんでイライラしているんだろう。何かを隠しているみたいだ。でもまあ、誰だって言いたくない秘密はあるってものだ。


 僕は教室を出ようと、ユマに背中を向けた。


「ちょっと待って、キファ」


 短く息を呑む音がした。


「やっぱり……わたしに協力して」


 ユマに向く。


「早く帰れって言ったくせに、コロっと話が変わるんだね。いったいなんなのさ。協力って何?」


 彼女はまっすぐ僕の目を見据え、低く抑えた声で話し始めた。


「いい? いまから話すことは他言無用よ。この同好会、ある外部組織と繋がってて、生徒たちを陥れようとしているの。それでわたしは学園から調査を依頼されたってわけ」


「ふうん。だからなんなの」


「あなたも職員でしょ? 体を張って生徒を守る義務があるわ。だから手伝ってほしいの」


 用務員にそこまでの義務はないと思う。

 そう。僕には関係ない。


「イヤだよ。肉入りスープをご馳走してもらいにきただけなんだ」


「はっ、スープ? 協力してくれたら、わたしがご馳走するわ」


「本当? だったらいいよ」


 肉入りスープを食べさせてくれるのなら問題ない。僕は快諾した。早く食べたいな。肉はどのくらい入ってるのかな。おかわり自由かな。


「もっと話すとね……」


 というユマの言葉に耳を傾けた。


 ところが肉入りスープのことではなく、何故か同好会についてのつまらない話だった。怪しい外部組織が生徒になりすまし、同好会を立ちあげ、その組織に勧誘しているそうだ。


 彼らは同好会のメンバーたちを共同生活させるなどして、じわじわと洗脳しているとのこと。脱退は許されず、暴力や監禁などがあるとの噂もあるらしい。


 職員なのだから体を張って生徒を守れ、と言われた。


「手助けが要るのなら、僕じゃなく他の教員の方がいいんじゃない?」


「教員の中にも組織に関わっている者がいるって、学園長が言ってるわ。こっちの活動が筒抜けになるのを恐れているみたいね。それで今年着任したばかりのわたしに、白羽の矢が立ったの。あなたも今年着任したばかりなのよね」


「そうだけど。じゃあ僕、いま何をすればいいの?」


「三階の様子を調べてきてくれないかしら。どこの教室にどれだけの生徒がいるのかを重点的に。教室数は少ないから簡単なはずね」


「うん、わかった」


「でもこっそりよ。もし彼らに目をつけられたら、抵抗はせずに大人しくしていなさい。だけど何を言われても、話を信じちゃ駄目。過剰なまでに疑ってかかって。決して洗脳されないように気合で頑張って」


 教室を出た。

 面倒だけど肉入りスープのためだ。頑張ろう。


 肉の歌を口ずさみながら階段をのぼる。

 しかし途中で呼び止められた。


「あっ、キミは! まさか本当に戻ってくるとは」


 カイラスだった。


「食べにきたんだ。約束だったからね」


「そ、そうか。ならばキミはこっちに」


 三階の様子を見にいかなければならない。だけどユマからは、抵抗するなと言われてる。なので素直にカイラスに従うことにした。


 連れ込まれた部屋には、十数人ほどの生徒がいた。

 なんか皆、死んだ魚のような目をしている。

 僕が入ってきたのに、誰も興味を示さなかった。


「きょうからしばらくここで生活してもらう」


 えっ? 僕には借上げ住宅があるからなあ。

 でも夜中にユマに起こされなくても済むわけか……。

 どっちがいいのだろうか。


 カイラスと入れ替わるように誰かが入ってきた。彼らは給仕係であり、ここで昼食を食わせてくれるのだという。


 待ってました、肉入りスープ!


 このあとユマからもご馳走してもらえるから、美味しさ二倍、満腹感も二倍だ。器にスープが装われた。やっと肉入りスープが食べられる。


 いっただきまぁーす!!


 と思ったら豆スープだった。

 肉、入ってないじゃないか。

 僕を騙しやがったな!


 あ、でも美味しい……。


 気づけば器はもう空っぽ。思ったより満腹になった。

 そろそろ職場に戻らなくちゃならない時間だ。


 結局、ユマからの依頼は果たせなかった。

 でも仕方ないよね。あとで謝っておこう。

 いまの僕は社会人。ちゃんと謝れる人間に成長したんだ。


 その場を立ちあがり、出口に向かう。


 すると生徒たちが立ちはだかった。

 僕を教室から出さないつもりのようだ。


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