第3話 鬱陶しい男は大嫌い



「うざっ」


 ベッドから飛び起きた。まだ夜中だ。

 部屋でぷかぷか浮いているのは、男の亡霊だ。


 僕は転生前、『最強・最悪・最美』の地縛霊と呼ばれていた。そう、最美だと。転生後の現在もなお、フェロモンのようなものにつられて、怪しげな男の霊が寄ってくる。


 尻や胸などを触るというセクハラ行為を受ける――なんてのは日常茶飯事。鬱陶しいったらありゃしない。


 見た目だけは紳士風のコイツもそうだった。双子の姉エーラの方に行ってくれればいいのに。


 ちなみに僕とエーラは同部屋だ。


「おい、僕は男だぞ。あっち行け」


 エーラの眠るベッドを指差した。

 それでも亡霊は僕の周囲をずっとウロウロしたままだ。


 ああ、エーラが女としてもっと魅力的だったら……。

 まだ子供だから仕方ないか。


 寄ってくる亡霊がいたら、いつもはその魂を食っている。だが、食いたくないときだってある。それに転生前ほどの食欲もなくなってきた。


 こういうときは……。


 僕は部屋を出た。

 父のベッドに転がり込んだ。父はぐっすり眠っている。


 ここまでは追ってこないだろう。これで一応の解決だ。ほとんどの場合、男の亡霊は中年男の強い体臭が苦手なのだ。おまけに父は口臭もきつい。


 しかし……。


「ぐへっ。無理だ」


 僕も父の強烈な体臭が苦手だった。

 三十秒として父のベッドにいられなかった。


 男の亡霊はまだそこにいた。

 僕は仕方なく自分の部屋に戻った。


 殺して解決することにしよう。

 しかし亡霊は死んでいるわけだから、『殺す』ではなく『消す』と言うべきか。


 ただし単に消すだけだとか、僕はそんなに優しくない。

 こういう迷惑野郎は、とことん苦しませながら消してやるのだ。

 強烈な怨力でヤツをジワジワと痛めつける。


「どうだ?」


 亡霊が少しずつしぼんでいく。

 このとき一気に消さないのがポイントだ。


「痛いだろ? 苦しいだろ?」


 ところが――。


 中にはこういうヤツもいるから厄介だ。痛めつけられると、逆に至福の喜びを得る亡霊。ヘンタイ霊。「もっと……もっと……」とか言いながら、恍惚とした表情で消えていかれると、僕としては癪に障る。


 最近、こういう霊が増えているから困る。

 だから対策を考えておいた。


 先日こっそりとパンツを盗んでおいた。

 父のパンツだ。もちろん洗ってないやつだ。


 隠し場所は姉のベッドの下。そこから取り出した。怨力をさらに強めながら、亡霊の顔に父のパンツを押しつける。


「うぎゃああああ!」


 どうだ、悪臭を放つ汚れたパンツは?


 亡霊は悲痛な顔を見せながら、小さく小さく消えていった。

 うん、最後に最高の表情が見られたってもんだ。


 世の中広しといえども、父のパンツを盗む子供って、きっと僕ぐらいだろうな。



 後日、隠しておいたパンツが母に見つかってしまった。

 たちまち家族会議が始まった。

 僕はシラを切った。


「お父さんのパンツを盗むわけがないじゃないか。僕が何に使うっていうの?」


 父も母も姉も僕の話を疑わなかった。

 両親の視線は姉に向けられた。


「お父さんはなんと言っていいのやら……。たぶん、異性のパンツに興味を持ち始める年頃なのだろう。けどな、お父さんとは血の繋がった親子なんだ。こういうのは間違っている」


 そこで一拍置いてから、父はどこか遠い目をした。


「そりゃ、娘から特別な好意を持たれるというのは、父親冥利に尽きるとも言えなくないかもしれないが……」


 するとエーラが声を荒げる。


「ない、ない、ない! それ誤解だから! お願いだから父親冥利に尽きないでよ! ああ、もう、あたしを信じてよ!!!!」


 大きく溜息をつく母。

 それでも父の顔は、どこかちょっぴり嬉しそうにも見えた。



 僕は問題を抱えることになった。


 これからどうしよう。パンツの新しい隠し場所を考えなきゃ。

 ――僕を苛立たせるセクハラ霊を懲らしめるために。


 苛立たせると言えば……。

 エーラを苛立たせるが、小さな町を駆け巡っていた。




 を耳にしたのは、翌日の昼過ぎのことだ。


 大都会から偉い人がやってきたそうだ。若い聖女だという。

 わざわざなんで、こんな片田舎に?

 しかも驚くほど美しいお嬢さんだと大評判。


 双子の姉のエーラが顔を鬼のようにしかめる。

 そう。エーラは美しい女が嫌い・・・・・・・だったのだ。


 その聖女は、いま町の神殿にいるという。

 僕と姉はどれほどのものかと、見にいってみることにした。


 神殿の建物内をそっと覗く。


 若い女がいた。聖女に間違いない。


 淡い金髪を編み上げ、真っ白なローブを着て、にこにこと人々の話を聞いている。


 ――清楚系、というやつだろうか。


 だけど驚くほど美しいか? 自分で言うのもなんだが、転生前の僕の方が何百倍も美しい。


 エーラは悔しそうに眉間にシワを寄せていた。

 まあ、負けを素直に認めたことは立派だ。


 しばらくして、エーラがニヤリとする。


 ああ、これは――。

 また良からぬことを考えているのだろう。


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