第40話 別れと異変
「ラーラマリー……これを持って行け」
ゆらゆらと揺れる結界を背に立つラーラマリーに、ジークヴァルトは外套の下、腰に下げていた剣を渡した。
それは、ラーラマリーがジークヴァルトから受け取り、彼を傷付けた、あの短剣だった。
「ジーク……」
両手で受け取りはしたが戸惑いの視線を向ける彼女に、ジークヴァルトは真剣な声で言った。
「お前にこの剣を贈った時……ラーラマリーが望むなら、俺は殺されてもいいと思ってこれを渡した。お前が俺を殺すための……永遠の孤独を終わらせるための道具として、これを選んだ。……だが、今は違う。離れていても、お前を守れるように……共に生きるために、この剣を持っていて欲しい」
力強い金の瞳がじっとラーラマリーを見つめる。
美しいその輝きに、迷いや苦しみはもう映っていなかった。
「ありがとう、ジーク。離れていても……ジークが守ってくれるなら、最強だね」
短剣を抱きしめ、ラーラマリーはニッと歯を見せ子どものように笑ってみせた。
ジークヴァルトも笑みを返すと、剣と一緒に自分のベルトに巻いていたラーラマリー用の細い赤皮の剣帯を外し、彼女の腰に掛ける。
外套の下、ラーラマリーは短剣を腰から下げると、向かい合うジークヴァルトをそっと抱きしめた。
ジークヴァルトもそれに応え、彼女を閉じ込めるように、その体を両腕で包み込む。
触れた部分から二人の熱が溶け合い、温かい。
言葉を交わすことなく、互いの熱を己に刻み込むように、二人は暫くの間ただ静かに抱きしめ合った。
(……こうしていたら……どんどん離れたくなくなっちゃう……。もう行かなくちゃ……)
ジークヴァルトの優しい香りを肺いっぱいに吸い込み、やがてラーラマリーはゆっくりとその身を彼から引き剥がすと、寂しさを隠すように笑顔を作った。
「じゃあ……行ってくるね」
またすぐに会える。
そう思っていても、別れに気持ちが揺らぎそうで、もう勢いに任せて行ってしまおうと、ラーラマリーはジークヴァルトの返事も待たずにくるりと彼に背を向け、駆け出そうとした。
その瞬間。
「──ラーラ」
低く優しい声が耳元に響くと同時に、ラーラマリーは後ろからがばりと彼女を抱きしめたジークヴァルトの腕に捕えられた。
「ラーラ。愛している」
首元で囁かれ、ラーラマリーの体をゾクリと甘い痺れが駆け抜けた。
顔に熱が集まり一瞬で耳まで赤くなったラーラマリーの頬を、ジークヴァルトがやんわりと片手で包み、顔だけを後ろへ振り向かせる。
視線を絡ませ金の瞳で彼女を見下ろし微笑むと、背後から抱きしめたまま、ジークヴァルトは愛しむような、それと同時に貪るような深い口付けを彼女へ贈った。
「──っ!!」
驚き、ラーラマリーが僅かに身じろぎすると、ジークヴァルトの抱きしめる力がさらに強まる。
唇を重ねたまま動揺するラーラマリーの中に、心臓のあたりから、まるで湯に浸かっているような温かい波がジワリと広がった。
その波が頭の先から爪先まで広がり切ると、ジークヴァルトはゆっくり唇を離し、真っ赤な顔で涙を滲ませているラーラマリーを見て、それは良い笑顔で言った。
「守護の魔法を掛けておいた。ずっと待ってるから……安心して行ってこい」
とん、と背中を押され、ラーラマリーはそのままするりと結界を潜り抜け外へ出た。
「もう、ジーク!!」
羞恥心が限界を迎え、寂しさなど吹き飛んでしまったラーラマリーは、力一杯振り向いて名を呼ぶ。
だがそこには穏やかに光を放つ結界が揺れるだけで、その向こう、透けて見える森に、ジークヴァルトの姿はもうなかった。
「……行ってきます!」
ラーラマリーは一瞬感じた胸の痛みを無理やり飲み込み、じっと見つめた森へ凛とした声でそう言うと、くるりと向きを変え、草原を越え遠くに見えるフォレスティア城へと走り出した。
草原を駆け抜け城へ近付くと共に、ラーラマリーは眉間の皺を深くした。
(……おかしい。ここまで誰にも会わないなんて……どういうこと?)
不安になり、徐々に足の速度も遅くなって、ついには城と森の間、草が静かに風に揺れるだけのその場で立ち止まった。
竜の森の周りには、這い出してくる黒いモヤの状態の魔物や、取り憑かれた魔獣を討伐するため、通常は多くの騎士が見張りに立っている。
だが今は、駐屯のための立派なテントや櫓はそのまま点在しているにも関わらず、そのどこにも人の気配がない。
異様な静けさに、ラーラマリーは眉を寄せたまま、竜の森を振り返った。
カーテンのように天から降りる結界は、ただ穏やかに変わりなく揺れている。
(……ジークは言っていたわ。私を呼んだのは自分じゃないって。私が森から出ても、そのせいで何か起こることはないって。……どうして誰もいないのかわからないけど……家に戻って、ルイスを助ける。私が考えるのは……まずはそれだけでいいん……だよね……?)
あまりにも物寂しい広大な草原で、不安を掻き消したくて思わず心の中で森へ向かって問い掛ける。
「何故、生贄のくせに帰って来た!!」
人々にそう糾弾される幻聴が浮かび、足がすくんでしまう。
だが暫くそうして立ち尽くしていても、返事が返って来るはずもなく、一人暗い表情で小さく息を吐いた彼女は、再び顔を上げ、街へ向かうため城の方へ向き直ろうとした。
──その時。
「──っ!!」
振り向くよりも先に、突然誰かに強い力で背後から腕を掴まれ、大きく目を見開いたラーラマリーは、反射で素早く顔を向けると、息を飲み固まった。
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